食堂に甘い香りが立ち込める。そのなかでシルヴィアはひたすらにクッキーを量産していた。その横には髪を束ねたユーリの姿がある。プレーンやチョコ、抹茶、ドライフルーツを混ぜたりといろいろな味のものを製作しているのはただ単に二人が楽しくなってきたから。お陰でオーブンがフル稼働中である。
『今回の、うまくいって本当によかった。』
「そうだな。」
心底楽しそうに料理をする姿は、本当にただの女性の姿にしか見えないだろう。だからこそ、ユーリは複雑な思いを隠せない。彼女が、もしも、本当にただの女性だったらよかったのにと、そう思ってしまうのは、きっと自分がそう願ってしまっているからだ。
早く、世界の危機なんて終わってほしいと思う。だがそうしたらシルヴィアは消えてしまう。それがわかっているからこそ、複雑で、苦しい。
自分は今だけだ。今だけそれを感じている。けれど、シルヴィアはそれを何回も体験して、今この場所にいる。
ひとりで、どれだけ不安な思いをしてきたのだろうか。
『ユーリ、そんなに見られてたら私、穴あいちゃいそうなんだけど』
「あ、あぁ、わりぃ。」
『変なの。』
また小さく笑ったところで、チンっとオーブンが音をたてた。本日数回目の焼き上がりである。
シルヴィアがそのまま生地を用意している姿をみて、手袋をつけてオーブンを開けた。また、ふわりと甘い香りが食堂にひろがる。
「シルヴィア、いい香りがこちらまで薫ってきましたよ。」
『イオン、シンク。おかえり。ルークたちとの任務はどうだった?』
機械音と共に、開いた食堂の扉。
そこにいたのは緑の二人。二人は別々の任務につけていた。
イオンはルークとガイとジュード。シンクはアッシュとヴァンとナタリア。それぞれで学んでもらいたいことがあったから、彼らが誘ってきてくれたとき心底ありがたかったのだ。
「くっきー?」
『そう、もしよかったらルークたちつれておいで。みんなでお茶会にすればいいよ』
「うるさくなるからよそでな。」
『ここでもいいじゃない。』
シンクが小首をかしげた。それに頷いて、そう告げたシルヴィアだったがユーリがめんどくさそうにいってしかられている。
「本当に、シルヴィアはここにきて変わりましたね。」
「うん。そうだね。」
二人は仲がいい、信頼しあっている。それが、ひしひしと感じられてしまう。きっと、シルヴィアにとってユーリという男が特別なものなんだろうと言うことがいやでもわかる。
でも、きっと、彼女を守れるのはユーリという男だけだろう。だから、自分達は文句は言わない。というよりも、彼女が幸せになれるのであれば、それでいい。
『そうだ、ミラとセルシウス。それから医務室に戻ったと思うし、ジュードにも届けてあげてくれるかな?』
「はい。わかりました、」
『ありがとうね』
テーブルの上にあった小分けにされた袋をいくつかもってイオンが笑う。一方のシンクはめんどくさいと言った態度だが、シルヴィアのお菓子は嬉しいのだろう口許が緩んでいた。
もう一度機械音。
「あ、あのシルヴィア。」
『カノンノ?』
次に現れたのは桃色。
スケッチブックを両手にしっかりと持ち、下を向いていた視線がシルヴィアを写した。あぁ、きっと知ったんだろう。焚き付けたのは、自分だけど。
『おいで、カノンノ。そんなに急ぎじゃないんでしょう?』
「うん。」
カノンノを食堂に招いて、座らせる。それからユーリに目配せすればすぐに理解されて彼は奥に引っ込んでいった。イオンはシンクにつれられて退出。
席についた私と、カノンノ。
少しの間静かな空間になったが、少しの決意を持ったのだろう。
「あのね、これ」
そういって開かれたスケッチブック。そこにはすごいな思うほど繊細な建物のスケッチが描かれている。
間違いなくなんどもみた建物の。
「ミラとセルシウスが、この絵がヴェラトローパだって、そう言ってて。」
『…うん』
「あ、あと、ね。これ」
そのままぺらりと何枚かめくられて、驚いたのは私の方だった。
恐らく筆が乗ったんだろう、色まで綺麗につけられた。
『え?』
固まった。
どうして?と唇を噛んでしまう。「シルヴィア?」とカノンノが不安そうな顔をする。
けれど、固まってしまうのなんて、仕方がないじゃないか。どうして、
「これ、ね。ユーリさんが船に乗ったときに頭のなかに浮かんできて、シルヴィアの絵も何枚かあるの。でも、この絵が私、この絵が一番好きで」
「どうした?」
甘い香り。
聞こえてきた声に、スケッチブックを静かに閉じた。私の行動にカノンノが静かに驚いているが、今は、ダメだ。私がまだ、準備ができていない。
『なんでもないよ、ユーリ。』
私は、ちゃんと笑えただろうか
美しい夕暮れのなかに、ユーリと私がいた。
花嫁衣装を着た私が、ユーリに抱き締められていた。
そんな、ずっと昔の
190215
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