見慣れた館内に、見慣れた受付。 けれど、「私」にとっては初めての景色。
そして、目の前の彼女は相変わらず笑顔で「お疲れ様、カノンノ」と彼女にそう言って微笑んでいた。
なにも変わらない。船の派手な外装も…なにも…それだけで、やっぱりまたなのかと思ってしまう。何一つ変わらず、物語はシナリオ通りに進んでいく。
彼女たちのいる受付に近づいていけば、カノンノの任務の報告が済んだらしい。「あなたが魔物を討伐してくれたおかげで「ぺカン村」の人たちの移民は無事に済んだよ。」と、アンジュがカノンノにそう言って私に視線を移した。
「ところで、そちらの女性は?」
純粋な視線が向けられる。あぁ、やっぱり「覚えていない」。覚えている方が…ある意味異常なのだともう理解している…。カノンノが「彼女とはルバープ連山で出会って…」と彼女に言えば、納得したように一つうなずいた。
「それじゃあまずは自己紹介からね。私はアンジュ・セレーナ。あなたの話を聞いてもいいかな?」
あの時もこんなだったなぁ…。いや、いつもこうなんだけど。ここに一人でも私を知っている人がいればいいのに、なんてわずかな期待。でもそんなの、望んだって意味のないことだと知っている。最初から期待をもって落ち込む辛さは身に染みていた。だから期待なんてもうしない。
『私は…シルヴィアといいます。魔術の研究をしていている関係で世界を旅しているんですが、カノンノさんに助けてもらって。』
「あら、そうなの。そしたら、どこかに送りましょうか?」
『ガルバンゾ近くに送っていただければ嬉しいのですが…可能でしょうか?』
「ガルバンゾね、大丈夫よ!」
疑問は持たれなかった。笑顔のまま「よかったら休んでいてね、ついたら呼ぶから。」と彼女に言われる。この会話は初めてだが…もし無理に誘われたらどうしようかと思った。ちょっとだけほんのちょっとだけ寂しいと思ってしまったのはこの場所の暖かさも楽しさも知っているからだ。どうせすぐに忘れる。
『呼ばなくて大丈夫ですよ、甲板にいますから。』
にこりと笑って、身をひるがえす。あまり顔をあわせていたくはない。私は知っている顔だから。向かうのは甲板への扉。ウィーンと機械的な音がして扉が開く。これもいつもの聞きなれた音。吹き込んできた風がふわりと体を包んで髪を攫っていった。何度も何度も感じた感覚。あぁ、本当に私はまた巡ってしまったんだと…広がった青い空に改めて実感した。できれば…ここでまた「みんな」と笑いたかったけれど…今の私が夢を見ているのでなければ、また可能性は当分先…いや、私が本当に帰りたい世界に帰れるわけじゃない。
完全に後ろの扉が閉まったのを感じて息を吐く。
『ディセンダーなんて、どこにもいやしない…。』
吐き出したのは、願望。盛大な現実逃避。
不可能も恐れも知らないヒトなんでどこにもいやしない。いないけれど、私がディセンダーであることは変わらない。怖いことも、悲しいことも、不可能だってある。無垢なんて一言で片付けてほしくない。
私は…
「なぜそう思う。」
そう、考えていたのに、後ろから突然言われた言葉に慌てて振り返った。扉が開いた気配をしなかった。けれどそこにいたのは赤い髪と瞳。
合わさったそれをそらそうとしたけれど、許されるような気がしなかった。
「なぜ、お前はディセンダーはいないと、そう思う。」
ホールへ入る扉の上。その場所に彼はいた。
あぁ、今も昔も変わらない。いつも私を導いてくれるくせして、自分のことは認めない人。
まっすぐ見つめてくるその目は、いつも私を助けてくれた色と変わらない。
『……心にずっと光を持つヒトを私は知らないから。』
だから言った。吐き出した。
はっきりと口に出して笑えば、彼もふっと表情を緩める。あぁ、何度巡ってもこの人はわからない。心の底から強い人なのに、誰よりも闇を抱えている。それを、誰にも明かすことはないのに…。
「すまないな、突然。」
『いいえ、初めまして、シルヴィアといいます。』
それは突然話しかけたことに対する謝罪だろう。その場所から降りてきて私の横に並んで彼はそう言った。どうせ初めまして。そう言って手を差し出せば、彼は少し目を見開いたが、珍しい驚いたような表情だった。
「あぁ、…私はクラトス・アウリオンだ。 お前は新しい船員か?」
『あら、そう見えます?』
彼に言われた言葉に笑った。そうすれば彼は不思議そうに私を見ていたが、関係はない。
『今は、まだ。アウリオンさん、もしよければお友達になりませんか?』
でも、この人はずぅっと昔にお世話になった。だから少しだけ、頼ってしまいたい。そう思って、そういえば彼は「面白いやつだ」と私を撫でた。
相変わらず、温かい手。私を知らない手のはずなのに、その暖かさに希望を持ってしまうのは、無謀なのだろうか。
*Re20210804
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