『話はわかりました。ですが私はあなたたちについていくことはできません。』
彼女はそうはっきりといった。
空色の瞳がたしかな拒絶をしめし、『今日はもう遅いでしょうし、どうぞこちらでお泊まりください。』とそういって退出していってどれだけたったか。
「…強行手段には出たくないんですがね。」
ぽつりとジェイドが告げる。夕飯まで用意して出してくれた里の人間が悲しむ子とはしたくないが、自分達にもやるべきことがある故の葛藤だろう。
「そうですね」とカノンノもため息をついた。
彼女からすれば、あの日、シルヴィアが空から降ってきた日に出会った張本人だからだろう。
あのときあのままバンエルディア号にいてくれたら、と思う心と、そうでなかったら助からなかった人たちもいたんだろうという思いがせめぎあっている。
「ユーリが彼女を落としてくれれば一番なんですがねぇ」
「やれてたらやってたさ、」
「おや、ではあなたは気があると?」
「あいつは強い。だからエステルつれてガルバンゾでるときに傭兵として来てくれないかって誘ったけど振られたんだよ。」
いっててむなしいと感じるのは、実際そうだからだろう。
今回こそはと思ったが、まさか断られるとは思わなかったのだ。
だが、あいつのいっていることもわかる。
ここは、魔物もすんでいる森だ。
例えどんなにおとなしい魔物たちでも、いつ牙を向けてくるかはわからない。武器を持たないここの人間をおいて行けるほどシルヴィアは非道な人間じゃない。
さて、どうやってつれていくか。と息をついた。
「クラトスさんはここの人たちと仲がよさそうでしたし、どうにかしてくれますかね。」
「実際、彼女と通じていたのはクラトスだけです。どうにかまるめこんでもらいましょう。」
だが、クラトスが理由でついてくるのは、少々いやだ。
静かに立ち上がり、ロッジをでた。
『まさか、ラザリスの干渉がなくてもにどめの生物変化を起こすことになるなんて思わなかった。』
泉に足を浸しながら、たって話を聞いているクラトスに告げた。
いままでそんなことはなかったからこそ、戸惑いが生まれてしまうのは仕方がない。今回の件でそれがわかってしまった以上、なおさらここを離れるわけにはいいかなくなってしまったのだ。
「シンクとイオンも一緒にくればいいだろう。」
『シンクはいいかもしれないけど、イオンはあまり戦いが得意っていうわけでもないの。それにここのことだっていつ何がおこるかわからないのに』
「…ガルバンゾにいるカロルやギルドの面子に声をかけてみてはどうだ。」
『星晶のない生活をしてくださいっていってはい、そうですかっていってくれるヒトなんて早々いないわよ。カロルだって、自分のギルドがあるし』
足を動かせば水門が水に写った月を揺らす。
おそらくミラとジュードはついてきてくれるだろう。デュークは神出鬼没でどういう扱いをしていいものかもわからないのだ。
珍しく自分としてはいろんな意味で決断が決まらないのは優柔不断になってしまったからだろうか。
『私がいないあいだに、この場所が割れて帝国が攻めてくるんじゃないかとおもうと、怖くて仕方がない。』
この場所は楽園だ。作物もなにもかも実り豊かな場所は星晶が豊富で、大国から狙われる。ヘーゼル村はそうして堕ちた。
その話を知っているからこそ、恐ろしい。
もしも、自分が作ったせいで、関係のない人間まで傷ついたらと、
「そうだな、……まぁ、まだ時間はある。考えてみてくれ。」
『うん。』
優しく、シルヴィアの頭を撫でてクラトスは言った。身をひるがえすが、その前にとある一点をみて笑う。
シルヴィアはそれに気がつかず、空を見上げるだけだったが、クラトスが完全にさって、数分。ヒトの気配を感じて振りかえれば、その場所にはユーリがいた。
*** *** *** ***
この光景が、うっすら懐かしいと思うのは、夜で、泉のそばで、そして月明かりに照らされるシルヴィアを見ているからだろう。
違うのは、昼間はつぼみだった花たちが月明かりに向けてその花びらをひらき名一杯光を浴びていることだろうか。
ユーリの姿を確認してから、シルヴィアは静かに立ち上がった。足はそのまま泉に浸し、距離をとるように後ろに下がっていく。
「久しぶりだな」
『そうね、久しぶりね。』
影から月明かりが照らすの場所に出てきたユーリに、困ったように笑ってしまうのは、今どんなことを話されるかわからないからだ。
予想がつくことに関してならば、簡単に返事はできるが、それ以外、今はキャパオーバーしていてうまく返事ができる気がしない。
「元気そうでよかったよ。」
『そっちもね。』
「体が弱いってのは嘘だったんだろ?」
『半分は本当』
だんだんと近づいてくる距離に少しずつ後ろに下がっていく。
さすがに靴のままでこの泉に入られるのは嫌だなと思う私はずいぶんと考えが明後日の方向にいっているんだろう。
ぴたりと泉の前で足を止めてそこから彼は月明かりに照らされるシルヴィアを見つめていた。
「お前に謝んなきゃいけねぇことがある。」
『なぁに?』
「お前が俺に預けたお守り。壊しちまった。」
お守り。
それはカダイフ砂漠で生物変化を起したジョアンたちをなおしたときに砕けて散ってしまった指輪だった。
告げられたことに静かに目を見開いたシルヴィアだったが心底寂しそうに『大丈夫、おそかれはやかれそうなる運命だったの』と笑った。左の指に輝く己と揃いの半身はもうない。
静かにはずして、振り返り、泉のなかに捨てれば逆に驚いたのはユーリのほうだったらしい。
乱雑にブーツを脱ぎ捨てて泉に突っ込んでくる。
そして指輪を投げ捨てたその場所に飛び込んだのをみて『ちょっと!』と声をあげたのはシルヴィアだった。
『ユーリ!!嘘、なにやってるの!!』
シルヴィアのいた位置から、その位置までの水深は確かに腰ほどまでとまだ浅いし、深くても2mあるかないかだ。
水も透き通っていて見通しもいい。
けれど今は夜である。
沈んだ黒髪をむりやりつかんで引っ張れば突然の痛みに息を吐き出してしまったのだろうユーリが浮上した。
「っなんで捨てた!!お前の大事なものなんだろ!!」
『そうよ、大事なものよ。でも片割れがないなら意味がない。』
「それでも!」
『ユーリに、何がわかるの?』
「っ」
そう、知っていた、わかっていた。
自分が壊したあの指輪が、「あのとき」の指輪だったということも、シルヴィアが記憶があろうとなかろうと、その時の思い出にすがっていたことも。
だからこそ、手放してしまったことが、己が捨てられたような寂しさと虚無感と、恐怖にかられたのだ。
なんと女々しい話か。
『もういいの。けじめをつけたかっただけだから、「ユーリ」があの指輪を壊してくれてよかった』
びしょ濡れになった己とは裏腹に、寂しそうにわらって、シルヴィアは身を翻した。
銀色がなびくのにそのまま消えてしまいそうな錯覚が恐ろしい。
手を伸ばした、
肩をつかめば、振り返ったシルヴィアの瞳から静かに涙がこぼれ落ちる。
あぁ、やはり大切なものだったんじゃないかと、すこしホッとしてしまうのは、今も昔も彼女がいとおしいからだ。反転した体の勢いのまま腰を引き寄せる。
一気に近くなった距離に、食いつくように唇を合わせた。
おどろきすぎて目を見開くだけのシルヴィアにものを言わせるつもりはない。文句も言わせない。
十分待った。待ちすぎた。もう、離したくない。
『ゆぅ、まっぁ』
--まって
そういおうとしたんだろう。
だがそれが仇だ。開いた唇に舌をねじ込んで、呼吸を完全に奪う。逃げ道のないそれに、シルヴィアの手がユーリの服にすがり付いた、
口腔を逃げ惑う舌を己のそれと絡ませれば、完全に力が抜けたのか、かくんっと膝かおれる。
俺だけ濡れるのはしゃくだ、と、そのまま泉の水のなかに押したおせばばしゃんっと勢いよく水しぶきが上がった。溺れないようにと頭の後ろに手を回し、シルヴィアを自分の足の上にのせより密着させるのは、望んでいたことだからだ。
もう逃がしてやれない。逃がすつもりもない。
唇を離せば、まっかになって苦しさからかうるんだひとみからまた涙が伝う。
「下町に家がある。」
その目を逃がさないように、両手でほほをつかんでしっかりと目を合わせた。
ぽろぽろと止まらない涙はそのまま流させるつもりだ。
「二人ですむには十分な、二階建ての庭もある戸建て。キッチンもしっかりしてるし風呂場も大きめに造らせた。庭に出るのにガラス張りの扉開けて、日の光がめいいっぱい入る部屋がメインの、」
ただ、そこはまだ、ただの器なのだ。
もう帰らなくなって何ヵ月もたってしまったから、帰ってから掃除をするのが大変だろう。
出発する前にあらかた掃除はしたが、ヒトがいなくてもほこりはたまるのだ。
「シルヴィアと、一緒に生きていきたい。」
もともと、大きめの瞳がこぼれてしまいそうなほど静かに見開かれ、また涙がこぼれ落ちていく、
「今すぐ答えがほしい。でも、答えられない理由もわかってる。お前が俺よりも世界のために生きていくことも知ってる。だから、約束してくれ、全部終わって、俺が下町に帰るとき、「一緒についてきてくれる」って」
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