月がひどく美しいと思うのは間違いなく自分が現時逃避をしているからだと理解している。
ガルバンゾの宿屋。もはや住居としたそこから見える景色は変わらなかった。だからこそ、ここはヒトとして生きていた場所だと見切りをつけることもできた。
ミラたちを先に拠点に帰して、ここに数日滞在したのは、最後の時間をすごすため。すでにここに住んでいたときに使っていた荷物は下町のみんなに譲ってしまった。驚かれはしたが、困ったように笑えば快く受け取ってくれた彼らは本当に優しいんだろう。
少しでも自分が生きていた証を思ってくれたらうれしいだなんて思ったのはある種のわがままだ。
『・・・もう少しで、始まるんだね。戻らなくちゃいけない。』
独りきりの部屋はひどく広い。すでに備え付けだった家具以外は無くなったからこそ余計かもしれないが、もう少し、もう少しとわがままを言って、そういって戻れなくなってしまうよりも、今このタイミングがきっといいんだろうとわかっている。
『大丈夫、私は少しだけ未来を知っているだけ。』
もう随分変わっただろう。
船に乗り先にかかわる人達とも自分がディセンダーだと発覚してから出会うのだ。それだけでヒトとの関係性は変わっていく。
それこそ、今まで自分が知っているものと違う関係性になるんだろう・
『大丈夫、大丈夫。』
これは自分で選んだ道だ。
いまさら後悔しても戻ることはできないし、これがわがままだということも理解している。
もう、選んだことは覆らない。
最後に、と、
一筆だけ残して息をつく。もうここに戻ってくることは無いのだ。
もう、二度と。
『今までありがとうございました。』
ひとつ言葉を残して、開ききった窓から飛び降りた。静寂に包まれる夜の町はやさしく自分を包んでくれる。
地面に降りるときでさえ静かに。そしてそのまま立ち上がれば、月明かりに自分の影が伸びたのを見て、あぁここに生きていたと実感した。
最後に、と
ぐるり、宿の入り口からゆっくりと視線をまわして、見つめるのはもう何度も見た町並みで、自分が守りたいと思えた場所。
『、さよなら。シルヴィア。』
けれど、もうヒトとして生きることはできないのだ。
もう、自分はヒトではない。世界を守るために生み出された生贄なのだから。
***
Side yuri
夜の月はひどく明るい。
それは、人工的な明かりなどない空の上だから余計そう感じるのだろう静かなエンジン音を聞きながらこれからどうなるかを考える。
アルナマック遺跡から戻ってきた従者たちは間違いなくヒトの姿だった。そして何より、アンジュとジェイドの雰囲気がクラトスを疑問視していたことに何より違和感を覚える。
だからこそ、あの場所にいたのだと、
「お前は、少しずつ俺たちの元に戻ってきてるのか。」
いったい、シルヴィアが今どこにいるのかはわからないが、
「ローウェル。」
かけられた声に、振り返った。考えていればやってくるというのはよくある話だが、こうも張本人となれば、いっそ仕組まれているんじゃないかとすら思うのはしかたないか。
「なんだよ。」
「少し話しておきたいことがあってな、今いいか。」
俺の返答を待たずにクラトスは俺の横に並んだ。
朝は俺が尋問されるのを遠くで見ていたくせに、こういうときばかりはこの男は自分の下に来るのだろう。
「ガルバンゾで、光の里という場所があるのは知っているか?」
「はぁ?んだそりゃ。」
そのまま告げられた場所に、違和感を覚えたのは仕方ない。口にも出したが、それにクラトスは特に反応は示さなかった。まっすぐ、まっすぐ月を眺めながら「先にお前に教えてやろうと思っただけだ」と続けた。
「ガルバンゾの北西に、あまりヒトの近寄らない森があるだろう。」
「…あぁ、あるな」
「ここ数ヶ月、そこに女性が出入りするようになったらしい。銀色の髪を持つ、不思議な女性だそうだ。」
クラトスが何を言いたいのか、
それを理解するのに多少時間はかかった。だが、そこまで告げてから、俺を見る目はシルヴィアが一番初めにしていた緋色の瞳だ。
「その女性が現れて以降、森は命をよりはぐくむようになったのだという。もしや星晶が豊富なのではとハンターが向かえば魔物が強すぎていりつくこともできないが、森で迷ったガルバンゾの国民は優しい人たちが助けられたと、そこで育てられていた食物を分けてもらったのだそうだ。」
「…」
「小さな集落だ。ヒトと魔物が共存し暮らしている。」
そこまで言って、クラトスは「ディセンダーはそこにいる」といった。ジェイドやアンジュには、おそらく話していないことだろう。
なぜ、俺に、と思ったのだが、おそらく、クラトスは「すべて」を知っているんじゃないかと・・・
「ローウェル。お前はおそらくこの世界唯一だろう。だが、それはシルヴィアもだ。だが、覚えておけ、もう、そろそろシルヴィアは限界だ。」
−−−氷の精霊は嘘をつかない。私は先に光の里に向かっているとしよう。お前の疑いはすでに晴れているだろうしな。
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