フレンに接触したあの日から随分と遠のいていたこの場所に久々に足を踏み入れたのは、おもに彼からの手紙の影響なのだが、それでも彼女にとって彼は等しく家族のような気持ちだった。
だからこそ、少しの賭けと期待を込めて、名を書いたのだが、本当にそうだったとは正直思いもしなかった。
「久しいな、シルヴィア。」
『そうだね、クラトス』
シルヴィアが生活していた部屋。
相変わらず宿屋代だけは払っているそこなのだが宿主である女将さんはいやな顔ひとつせず「おかえり」といってくれた。
少しばかりのお土産にと拠点で作っている果物を差し入れれば驚いていたのだがすぐにうれしそうに笑ってくれたのを見てほっとしたのもついさっきの話だ。
空気の入れ替えをするために窓を開けて、軽く掃除をしてから彼を招き入れた。そのままいつものようにお茶を用意して茶菓子の変わりに果物を切ってだした。
『…クラトスが、記憶を持ってるなんて正直半信半疑だったな、』
苦笑いとともに吐き出した言葉は本音だ。
正直、うれしさ半分、複雑さ半分と言ったところなのだが、シルヴィアの入れた茶に口をつけて、彼はその口元をわずかに緩めた。
「それは私も同意見だな。・・・お前は、何回目のディセンダーだ?」
『生まれ落ちて、信頼も得られなくて、心を壊して、世界を壊した後の私。かな?』
「…なるほどな」
まるで答えあわせをするように、パズルのピースをかたどっていくようにシルヴィアはその問いに答えた。
間違いは言っていない。自分が生きていた世界は広くて狭く、感情がひどく揺らぎうごめいた場所だった。息をついてクラトスを見れば彼は視線を下に落としていたのだが、またシルヴィアをその緋色の瞳で捕らえると「今、生きている世界はどうだ」とまた聞いた。
『狭いけれど、とても学ぶことが多くて毎日が楽しいよ。ある意味、私にとっては見るものも感じるものも初めてのことが多いから、その点だったらアドリビトムよりも自由かもしれない。』
「そうか。よかったな。」
『うん、』
ルパーブ連山でカノンノに出会い、そしてアドリビトムに加入して世界を知りながら己の存在を知って、そうして世界樹に帰っていく。そのループを繰り返し、今のシルヴィアがある。
だからこそ、今回のこの行動は今までの彼女にはないことだった。
『今、どこまで進んでいるの?』
「この間の手紙にも書いたとおり、お前が初めて力を使ったところだな。ソーサラーリングはローウェルが持っている。」
『ふぅん。』
「そろそろベルフォルマが乗船してくるだろう。」
『っていうことはラザリスが暁の従者と接触するってことね。』
「そうなるな」
考えをめぐらせるのは得意だ。
いや、正直記憶力がずば抜けているからこそなのだが、ふぅっと息をついてシルヴィアは目を閉じた。
ベルフォルマ・・・スパーダが乗船したときに初めて話を聞いたときは衝撃が走ったものだ。赤い煙だったものが意思を持ったなんてぞっとしたし、これからどうしたらいいかなんてわからなかったからこそ強くなろうと思った。
そのあとにはルパーブ連山に上り、「初めて」ヒトの形になったラザリスと対面したが大体そのときには意思疎通が図れなかった。
ただし、
『…今回は、しっかりと形を作ってきてるだろうな…』
「何がだ?」
『こっちの話。』
初めてのときと次の時は代わり映えしなかったと覚えているが、三回目の時には自我があったように思えたし、四回目の時には、もうその姿ははっきりと「ラザリス」としての姿だった。
覚醒、というよりは進化といえばいいのだろう。そのスピードが明らかに早まっている。
今回は…、直接会うことはないがどうなるのだろうか。
『従者と接触した後はジェイドたちが乗ってきて、その後が遺跡だったよね。』
「間違いない。」
『…ううん、ガルバンゾからだとだいぶあの遺跡遠いんだよね。早めに出発しなくちゃね。』
記憶を探りながら考える。地図を思い浮かべるのだが、今いるガルバンゾはコンフェイト大森林の近くと考えても海を渡らなくてはならない。カダイフ砂漠を越えるのも少々やっかいか。
それでもやらなければならないが、一体どれだけかかることやら。
『こういうとき、バンエルディア号は便利だったね。』
「そうだな、まぁしかたあるまい」
空を飛ぶ乗り物は持っていない。けれど、やらねばならないのならやるしかないのだ。
彼に渡した指輪は一度しか効力を発揮しない。そしてこの世界に同じものは二つとない。ならばあの従者たちを助けられるのは、自分だけなのだ。
にこりと笑って『どうにか頑張ってみるね』とシルヴィアは告げた。
*** *** ***
「シルヴィアにお客さんだよ」と拠点に戻ってきたシルヴィアに告げたのはジュードだった。
この場所を教えている人物はいない。ならば誰だと考えたのだが、シルヴィアがいつも鍛錬をしているその場所でミラとともに待っているという話で、合流しに行けば、ひどく驚いた。
膝よりも若干長いくらいの絹のような白い髪。こちらに気がついたのか振り返った彼の瞳は赤。それよりも深いワインレッドの衣装に身をまとった人物には初めて会ったのだ。
なのに、なぜ。と考えるのだが、ミラが「私と似て、非なる男だ」と告げる。
『…あなたは精霊なの?』
「いや、ディセンダーに助言をする者。と考えたらいい。」
「あぁ、精霊とはまた違った立場だな。」
浮世離れしたその男はどこかミラと似ている部分があるがれっきとしたヒトらしい。それに小首を傾げるのだが助言者という初のそれはもう二度とは会えないだろうあの水色の乙女を思い出した。
「ディセンダー、まず、お前の生誕をひどく残念に思う。」
『随分な物言いね。まぁ私も目覚めたくて目覚めたわけじゃないんだけど。』
「だろうな。だが、世界樹は衰退の一途をたどるだけだ。お前が世界を壊そうとしたおかげでそれが早まった。だから私が顕現されるにいたったのだ。お前を監視するために。」
ひどく冷たい物言いだ。それにシルヴィアは表情を殺す。かつては彼と同じ色だった空色がねめつけた。
『で?私を監視しにきた色男さんのお名前を聞いていないんだけど。』
「…デューク・バンタレイだ」
『そう、で、デュークさんは私にどうしたいわけ。』
険悪、
そういっていいだろう。いや、それ以外に見つける言葉は、おそらくない。まるで氷だ。
「あるべきシナリオに沿ってもらう。それがかなわなかった場合、「シルヴィア」という人格を殺す。」
さも当たり前かに言った言葉だ。それに、シルヴィアは目を細めた。
あるべきシナリオ。それはおそらくアドリビトムにはいれということだ。すでにイレギュラーは多発している。この森の中の状況もそうだが、ミラという精霊が顕現し、彼女を慕うジュードがいる。
なにより、先日助けた双子…シンクとイオンは本来消えていただろう存在だ。いまさら元のシナリオなど歩む気にもなれない。
『ここまで作り上げた宝物を、棄てろっていうの?』
初めてなのだ。初めて自分から行動し、ここまで作り上げたのだ、
何ができるわけでもない。それでもシルヴィアの意見に賛同してくれたキルが声をかけ、そしてヒトが住めるまでの場所になった。
世界の楽園。とまではいかないが、星晶を極力使わない。そんな場所を作り上げることができた。
それに加え、マナも比較的あり、自然豊かだからこそ、ミラという精霊がやってきてくれた。それは彼女の中の目的のひとつだった。
たとえ、ここを全員が離れても、生き物たちはここを住処にするだろう。自然のものだけで作られているからこそ、自然に戻るのもはやい。
作り上げるのは時間がかかる。それは信頼もだ。
それをあっさりと棄てろというのか、それがシルヴィアには賛同しかねた。
「お前がやっていることは世界を壊す禁忌だ。」
『なら世界樹はどうして私の記憶を消さないでめぐらせるの。道理に合っていないわ。それに、私はディセンダー。誰よりも自由なの。あなたなんかに行動を制限される筋合いなんてない。』
どちらも正論だ。それはシルヴィアにもわかっている。彼がどう思っているかはわからないが。
過去を変えるということは矢印がどの方向に行くかわからなくなる。ということだ。ならば、シルヴィアやクラトスの知っている未来にはならないかもしれない。
だが、それでも…
『もしも、私が世界を壊す破壊者になったら、そのときは遠慮なく殺してくれてかまわないわ。』
その空色は、なによりも平和を祈って戦うのだ。
『だからあなたは私を監視するんでしょう?せいぜい手を貸してちょうだい』
それはただ、己が愛した者の笑顔を願って。
ーー
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