2人がこの場所に馴染むのは酷く早かった。
それはきっと、皆がディセンダーという存在を信じ、疑いを持たないからだろう。
私が2人を皆に紹介した時、ミラは堂々と精霊と名乗っていたし、ジュードに至っては職業が医者だ。これからはきっと怪我をする人たちも減ってくれる。
なにより一番に驚いていたのはキルだった。
精霊はマナの多いところに現れるから余計なのだろ。でもここはそれだけすごい場所になる。
私が、楽園にしてみせる。
「なぁ。」
『なぁに?キル』
深夜。丑三つ時。
魔物すら眠りに落ちる時間。木々すら音を潜め、月明かりと魔物避けの炎の明かりだけがある。
ただ、私がいるのは、そこよりも離れた泉だ。
ここがあるからこそ、私とキルはこんな深い森の奥でも切り開いて隠れた場所にしようとした。過剰な魔物討伐はしない。
こちらが驚かさなければ向こうだって手を出してこないとわかったのはいつからか。
そうして、私がこの泉に純星晶を細かく砕いて水にとかしたのは、水はすべてに溶けるからだと知ったから。
地面から、根を張った木々に、雨水となって空に、降り注いで町に、いずれは循環して、ヒトに。
それに、気がついたのはきっとアドリビトムで過ごしてた日々のお蔭だった。
なにより、カノンノがよくいっていたドクメントの話だったから。そうやって少しずつでいいからこの場所を静かで実りのある場所にしたかった。
ぱしゃりと裸足の足が水を蹴る。
「無理は、していないか。」
かけられた言葉に前に進む。
一度深さを確かめた時には一番深くても腰ほどだった。そんな水の深さが膝まできてから、振りかえる。
銀色の髪がなびいた。
『あの頃に比べたら、ずっとしてない。』
あの頃。
そう形容するのは二回目の彼女のトラウマだった。
愛した世界に帰ってきたとき、目の前に見えた少女に飛び付いた。ただいまといった。なのに、彼女はカノンノは何も覚えていなかった。
もうその時点で狂ってしまった。
カノンノは自分から遠ざかり、バンエルディア号で信用できるのはクラトスだけだった。
そんななかでも自分は世界を救おうとした。
どれだけ罵倒されようが、軽蔑されようが、笑えるようになったのは、きっとレイヴンという男を見ていたからだ。
おちゃらけていれば半分は嘘でも突き通せた。
そうしていたときに一番そばにいてほしいヒトはずっと遠くにいて、
三回目は一回目を模倣した。
あの世界の時を模倣した。ただ真似ていた。でも別に早くことが収拾するわけでもなく、誰ともそれこそクラトスとも距離を保ち誰からも壁を作っていたのは自分だった。
そうしているうちに孤立して、誰にも何もいえなくなって、ディセンダーという人形だけの存在になった。人々が求めた、ディセンダーになるしかなかった。
「いや、嘘だ。」
まっすぐな瞳がとらえる。
闇に紛れることのできない彼女が、まるで闇に吸い込まれそうだと恐れたからか。否か。
きょとりと小首をかしげる彼女は何故、彼がそう断言できるのか不思議だった。
「じゃあ、なんで、そんな泣きそうなのに泣かないんだ。別に隠していることが悪いんじゃない。なぁ、なんで、そんなに殻にこもる。」
開いた目。
『泣きそう?だれが?』
「迷子みたいな居場所を探してるお前さん。」
『私は泣かないわ。泣いてはいけないの。悲しみも苦しみも、何ももってはいけない。』
「それじゃヒトじゃないだろ。」
『私はーーーー』
恐ろしかった。目の前の男が何かを知っている。
どくどくと心臓が悲鳴を上げている。
「俺の親父は、ディセンダー様はきっと光を配るたびに闇を食って苦しげに笑うんだと言った。どんなに苦しくても吐き出すことはできない。それはヒトを不幸にするからディセンダーは闇を抱えて一人で朽ちていく。なんどもなんども、最初は意味がわからなかったが、よくわかった。」
そういって話すキルの瞳はどこか、誰かに似ていたんだと、シルヴィアはかんじた。
おもわず苦笑いを溢す。
「今の、シルヴィアみたいだって。」
『キルは、ディセンダーはヒトだって言ってくれるの?』
「ヒトに焦がれて焼かれて、苦しんでるヒト以上の心優しいヒトだって、俺は思うよ」
『そっか、ありがとう』
くすくすと、今度は面白げに笑う。
『私、知らないことたくさんあるの。でもそれを聞いて回ってたらきっと皆に迷惑がかかるし、信頼もなくなっちゃうんだろうなって』
「うん」
『信じられなくなることが、一番怖い。何よりも自分を信じられない自分が一番嫌いなの。』
「そっか。」
月明かりが髪に反射する。髪だけでなく、泉にも反射する。光を受けて多くのものが輝く。
「ディセンダーは不可能も恐れも知らない。なんて酷い迷信を作ったな。」
『そうね。でも不可能なんて考えたことない。』
「ははっだろうな。大丈夫だよ。シルヴィア。君は君のペースで。」
『ありがとう。』
ーーディセンダー様
一言。
彼はそういった。
けれどそれは彼女を伝説の存在ではなく友人として応援する一人のヒトの眼差しだった。
ばれることを恐れていたのに、どうやら杞憂みたいだったと、シルヴィアは心底嬉しそうに笑った。
Re20210122
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