ユーリ達からの話から数日。
明日から少し出かけようと夕飯と一緒にいくつかの軽食を作っていれば人の気配を感じて、思わず包丁を逆手に持ちドアに張り付いた。
昔からのくせ。いい加減直さなければと思ってしまうけれど警戒心があって悪いことはない。
息を殺していけば、ノックもせずに扉が開く。ここの宿は外に開くようになっている。だから引いて、顔をのぞかせたその人物に武器を向けるのは仕方ない。せめてノックをしろと思ってしまうが、何度も訪れている彼だ。いいと思ったのか。
「うぉ!?なんだよ」
『私がお風呂に入っていたらどうするつもりだったの、ユーリ』
彼がこうやっておどろくのは、珍しい。すっと包丁を下してキッチンに向かえば、彼はさも当たり前かのように部屋に上がりこんできた。
明日は遠出をするつもりなのだ。そのために準備していたから上がられたくなかったのに…。前から受け継がれているレシピも荷物もバックも酷く重宝しているから、これぐらいだったら入るし…、まぁ私が森に入って何かやってることをユーリは知っているから料理に関しては突っ込まれないだろうけれどただ、一つだけ、ユーリが来るなら隠しておかなきゃいけなかったものを、隠すのを忘れていた。
「なぁ。」
左手の薬指に付いたままの、二つのリング。一つは、私のもの。もう一つは、少し大きめであの時交換しあった、あの世界の「あの人」のもの。二回目の時、目が覚めた時にはすでにはめていたそれは、結局本人に返されないまま…お互いのイニシャルを刻んだそれは、私の今までの道しるべだった。
4回目の世界ではものでも浄化効果起きないかって、純星晶を使って実験をして、ユーリのリングのほうには小さな純星晶を埋め込んで、実験をしたりとかしたけれど。実際実験では成功したから、このリングにも浄化の力は宿っているだろう。ただし一回しか効果はないが十分だ。
そんな私の考えとは裏腹に、パシリと左手がとられた。
「お前、結婚してんのか。」
それからそう言われた。その声の真剣さとは裏腹に結婚?と、あまり聞きなれない言葉にはてなを飛ばしそうになってしまうのは、知識の少なさからだ。何度巡っても私には世界が狭かっただけあって、わからないことがいまだに多い。、
『…一度、姓は変わったわ。…でも捨てたものだし、昔のものを使う気にはなれなかったし…個人を識別するなら名前だけで十分じゃない。』
これだけは確かなのだ。あぁ、そぎ落とした感情が沸き上がってきそうで怖い。ユーリの手が離れる。包丁をまな板の上に戻して振り返れば、ユーリは私と目を合わせなかった。
『…でそれが、何。』
「サイズが違うのに、ふたつもつけんのかよ」
『仕方ないじゃない。返されちゃったんだから。』
彼が何を思っているのか、私にはあまり理解はできないけれど、彼に会う時以外は基本つけているから、なんとも思わないのだ。おかげで、リングをはめている指は一本だけ、細くなってしまった。指輪のサイズが小さいとかではなく、世界を回るたびに私の体は成長していて…自然と起きた現象である。
『あの人は私の道しるべだった。何度だって戻りたいと思った。でも世界はそれを赦してくれない。』
そうやって、体を成長させるくせに私に残されたのは世界を救えというひどすぎる運命だけ。
手が伸ばされてするりとほほを撫でた。
その手がやさしく顔を上げれば、少し身長の高いユーリを見上げるように顔を上げられて、彼の逆の手が体を引き寄せた。あぁ、あの時のにおいとは違う。
それは、まだ彼がアドリビトムの中にいないから
「俺は、お前が好きだ。」
頬を撫でた手が、背に回されて抱きしめられる。
何度も何度も望んでいたことだった。何度も何度も望んでいた言葉だった。でも一番欲しい言葉じゃない、ぐわん、ぐわんと、耳鳴りがしそうだ。頭が痛くなる。
「だから、明日、一緒に付いてきてほしい。お前を独りにしたくない。」
まるで麻薬。変な薬みたいにユーリが私に言う。
独りにしたくない。なんて、あの時私がすがった言葉だった。でも、腕に力を入れてユーリと距離を取った
『私は、もうずぅっと前から独りよ。それに、ユーリのこと、全然知らないもの』
私が、必要なのはあの時初めて会ったユーリだけ。
このユーリじゃない。きっと、私が強くて、自分とは違う異端者だからユーリは私に興味を持っただけ、一瞬の気の迷いだろう。
ユーリの顔は見れない。
「…そうかよ。」
無機質。その声の色に、両の手を強く握ってしまった。ユーリのその声が一番嫌いだった。あの時「大嫌い」だと言ったその声は今でも私のトラウマで…二度目はまるで軽蔑するように見てきたときの声だった。あぁ、早く帰ってくれないかなと…そう思ってしまうのに…一つだけ浮かび上がってきた…疑問。
『ユーリ。一つ聞いていい?』
「なんだ」
『どうして、初めて会った時名前、全部言わなかったの。」
その言葉を言えば「お前に、ファミリーネームで呼ばれたくなかった。」と彼はつぶやくように言って、顔を上げれば私をじっとみていて、ダイレクトに見てしまった。
しばりつけられる、闇色の目。深い深い世界に括り付けられるような眼。
「わりぃ、」
近づいて、0になる。合わさったのは同じもの。じわりと視界がにじんで涙が流れる。涙が流れるようなことなんてなかったのに、離れて、ユーリは苦笑いして私の涙を撫でるようにぬぐった。
「な、お前さ待ってられる?」
『待つって?』
「エステルが、満足すんの。満足して、俺が帰って来るの。」
「そしたら、全部言うわ」と彼は笑った。
きっと、その時に私はもういないって知ってるけれど、『私の気持ちを変える努力でもするの?』といじわるに言ってやれば「そのつもり。」と彼は笑う。
あぁ、変わんない。左手の、大きいほうのリングを外す。
『ユーリ、お守りあげるよ。』
それからそれを彼に手渡せば、驚いたように目を見開いたから『たぶん、指にはまんない
から結んだげる』と髪紐をほどいて、ユーリの首に結んだ。離れれば、彼の首には元の持ち主に戻ったリングが光ってる。
それに、少し誇らしく思った。
『また会った時に、返してね』
これは些細なる約束。ユーリが驚いたように目を見開いて、それからうれしそうに笑っていた。
Re20210121
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