少しずつ少しずつ、嫌でも物語は進んでいくのだろう。
『あれ、少し物価上がった?』
それはほんの些細なこと。
私の言葉に「やっぱりわかる?」と彼は苦笑いをこぼした。
いつも通りの道具屋。けれど果物やその他もろもろを買えば少し上がった金額はいやでも目につく。それは私の気のせいではなかったらしい。
「全部ウリズン帝国のやつらのせいだ。あいつらが星晶を獲りつくしたせいで果物だけじゃない、肉や他の動物まで影響が出てる。」
『…そう』
時間は止まらない。戻ることもない。
そうなればそろそろ彼女たちも動きだすんだろう。すべての始まりの合図。
『…ねぇ、ディセンダーはどう思うのかな』
「え?」
つぶやく。私の言葉に彼はきょとんと私をみた。世界から切り離すような、そんな空気が流れる。この間のフレンと一緒だ。多分私がヒトと違うから、「言葉」の意味も多少違って受け取られるのかもしれない。じぃっと彼の目を見ていれば、小さく揺れたのがわかった。
『ディセンダーは救いは与えられても、罰は与えられない。世界樹を苦しめたやつらを罰せられない。救う力しかない。たとえ救えてもそれは一時で、繰り返す世界を見たら何を感じるのかしら。』
口から出るのは、いつも心から思うこと、
何度も何度も、世界を回って思ってきたこと。
きっと誰にもわからない。私のこの気持ちを…誰もわかってくれない。
にこりと、笑った。
それからくるりと身をひるがえし歩きだす。
できれば彼には力になってもらいたいのだ。あの遺跡がディセンダーのために作られたものだというけれど…あんな暗いところで、人々を光に導けるはずがない。
もしかしたら、暗いからこそ人々はディセンダーは「光を分け与える」という言い方をしたのかもしれないけれど…でも、私は…
歩く、歩く。私は立ち止まれない。
きっと、世界も立ち止まれないのだろう。
私たちは似たもの同士だから。
「お、来た。」
けれど、どうしても世界は彼と会うことを望むらしい。
宿に戻ろうとすれば、そこにいるのは、黒。ひらりと手を振って笑っている。
『なんのよう?罪人さん』
「そんないいかたねぇだろ、」
そんな彼に、少し冷たく声をかけるがあまりきかないようだ。
そこは、昔から変わらないけれど。
ふぅ、と息を吐けば普通に近寄ってきて、ひょいっと私の荷物を持つ。
軽くにらんでしまったが彼自体は「お前に一つ依頼があるんだよ」なんて言って、歩き始めた。
あぁ、私の荷物は人質なのね、なんて思いながら彼の後に続く。今日の夕飯だから取られたままなのはよろしくない。
見慣れてきた街並みを黒の後ろを続いて進む。ちらちらと視線を向けられるが、それは黒と銀と、私たちの髪色すら関係しているんだろう。
だんだんと人が多くなっていく。
お城に近くなっていけば少しおしゃれなカフェがあって、当たり前のようにユーリは中に入っていった。再びため息をついてひょいと中をのぞけば「遅いわよ」といつぞやのゴーグル少女…基、彼女はリタだけれど…。
こうやって対面するのは初めてなのだ。
「わりぃな、探すのに手間取った。」
「私にも研究があるんだけど、信用できるんでしょうね。」
それから、人の存在を無視して始まる会話に本当この二人は相変わらずだなぁとか思ってみたりする。いい意味でも悪い意味でもこの二人はまっすぐなのだ。
「早く座れよ。」
『…はぁ…』
呼ばれて、さすがに入口に固まっているわけにもいかないからすたすたと彼の横まで足を進めた。
「リタ・モルディオよ」と、椅子に座った私に、彼女はぶっきらぼうに言う。私の一番の協力者で、一番の恐怖対象だった。誰よりも努力家で積極的で、だからこそ私は怖かった。
『シルヴィアよ、初めましてモルディオさん。』
にこりと目の前の彼女に微笑みかけて、少し遠くにいる店員に向かって『ココア!ミルク多めで!』と注文をする。そうすれば目の前の彼は「それふたつな!」とつけたししてきたからイラっとしそうになった。
「お前も甘いもの好きなんだな。」
『ユーリは男のくせにね。』
「わるいかよ」
『いいんじゃない?』
まぁ、嫌味のようにそういってから背もたれに寄りかかる。彼らの言いたいことはうっすらわかる。伊達に、何度も世界を巡ってはいない。
『それで、私に話って何。』
それでもそれを知っている私は異端。あえてそう聞いておく。彼らは目を合わせると、口を開いたのはユーリだった。
「カロルから聞いた。シルヴィア、お前は星晶について詳しいんだろ。」
彼の口から出てきた言葉は私の耳にはもう聞きなれた単語。カロル、そういえば彼の前で星晶の話をした気もするけれど、彼と話している中で詳しいって程会話をしていなかったと思う。確かに何も「知らない」彼らよりは知っているけれど、
『詳しいっていうほどじゃないわ』
「でも、そこらへんの研究者よりは詳しいでしょ。」
『そりゃぁ、そのために世界を回っているからね。』
リタの言葉になんとなくわかった。正しくは回っていただけれど、それは彼らに言ったところで伝わらない話だろう。別に伝えるつもりもない、私はたった一人でヒトの起こした罪を背負っていくのだから。
少し、お互いが口を閉ざす。
そうすればさっき注文したココア二つが私とリタの前に置かれて、思わず笑いそうになってしまったけれどやっぱり店員からしたら女二人なら飲むと思うだろう。
店員が去ってからリタの前に置かれたココアを自分のもとへと引っ張ったユーリに改めて笑いそうなった。
『で、私に何か聞きたいわけ。』
まぁ、そんな一区切りのおかげでこうやって話せるわけだ。私たちだけで出来上がった空間で、私の言葉はダイレクトに彼らに届いたと思う。
「お前、ガルバンゾ国の採掘跡地がどうなってるか知ってるか?」
『さあ?生物変化でも起きた?』
ユーリからの言葉に、おどけて答えてやる。
そうすれば、ダン!っと机をたたいてリタが立ち上がった。
「あんたっ!やっぱり知ってるんじゃない!!」
それから私に叫ぶもんだから、店内のざわめきが止まる。私たちはどう映っているんだろう。女二人に男一人。
見える人には、そう見えるんだろうか。とはいっても、私は間違いなく悪者のほうだけれど、出されたココアを飲んで、一息つく。
逆にユーリはリタに「落ち着け」って注意していた。そうそう、落ち着いてほしい。これから嫌でも自分でかかわっていく内容だ。
『私が聞いたのだってただの噂よ。私は人よりも世界の流れがわかるだけ あなたたちだって気が付いているでしょう?ガルバンゾの物価、上がっているじゃない。町で変な噂だって聞かない?それに救世主がどうなのこうなのって、ガルバンゾに訪れる人が口々に騒いでいるじゃない。世界樹が光っただのなんだの…結局全部その延長戦よ。』
落ち着いて席についたリタに、そう言ってやる。
私は、これ以上のことは言えない。世界を変えるとか、変えないからとかじゃない。私は怖いから。
『もともと、星晶は眠っているべきものだった。マナのないその土地を育むために世界樹が起こした奇跡だった。それを掘り起こして私利私欲に使い始めたのは国よ。違うかしら』
彼らが目を見開く。そんなこと知ったことじゃない。また一口ココアを飲んだ。
昔から、これだけは好きなんだ。どんなにどんなに世界を巡っても世界に嫌われてもこの味だけは好きだった。
私を甘やかしてくれる。唯一のものだ。温かくて、優しくて…もう少し濃い目のほうが私の好みだけど。
「そうだな、お前のいってることは間違いじゃない。それを踏まえて、お前に頼みがあった。」
『あら、罪人さんが私になんの頼み事かしら。』
「もうそうやって茶化すな」と怒られた。
知ったことじゃない、でも、新しいユーリを知れただけで私が幸せだと思ったのだから、いいことだ。もう、彼があの時のように私に微笑むことも、話すこともないのはわかってる。
私は世界の半分を捨てたのだから。
「ガルバンゾ国の王女は知ってるな。」
『えぇ、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン様ね。何度か町でお目見えしたことがあるわ』
「どうも、あいつは星晶について知りたくて知りたくて仕方ないらしい。」
彼がいう、言葉の続きは面白いくらいに考えることができてしまった。
『なぁに?私に護衛しろっていいたいの?』
最初の、リタの言った、「信用できるんでしょうね」は、腕っぷしの強さだろう。この世界の私はクラトスのような「傭兵」だ。
ユーリが「そういうことだな」というけれど、まだ、私はアドリビトムに接触する気はさらさらない。
『それならアドリビトムに頼ればいいわ。』
だから彼らに押し付けてしまおうと思う。ぐいっと、ちみちみ飲んでいたココアを一気に飲む。まだ少し熱かったが、火傷するほどでもない。カチャリと空になったカップを受け皿に戻して、少し多めのガルドを置いて立ち上がる。
『私も、信用しているから。』
それから身をひるがえした。私はまだ戻りたくない。もっと自分で世界を見たい。
移動だって大変だけれど、一人の力で何かが出来るとは思わないけれど。それでも、私は、今まで何も残せなかったこの世界に何かを遺したいと思ってしまうのだ。
Re20120121
←
→
list
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -