08


ミーンミンミンミン。ミーンミンミンミン。
うだるような暑さと共に、聞こえてくる虫のうるさい泣き声に嫌気がさす。

とはいっても、それは外の話であって今現在自分がいる部屋の中は冷房もきいていて暑さなんぞ関係はない。サマーバケーション…日本でいう夏休みが始まってすでに半月。あと数日もすれば季節は8月になる。タンクトップにショーパンとかなりラフな格好だが、それでも暑いものは暑い。


『宿題があるなんて聞いてない…』


ばたりと背中から転がって天井を見上げる。テーブルに広がるのは空白だらけの漢字の羅列だ。
所詮、古典というものだ。もともと、日本という国になじみのなかったエマにとって日本語というのは苦手である。
言葉というのは心底難しい。特に日本語は複雑なことが多い。漢字、ひらがな、カタカナ。漢字のなかでも組み合わせでもいくつも読み方が変わる。送り仮名とやらも変わってくる。それ以外のものならばまったく問題はないのだが、本当に複雑だ。なぜ、ジャポネーゼはこんなものを使いこなせるのか。


『…イタリアに、会いに戻れたらよかったんだけど、…そもそも飛行機代なんてそうそう準備できないし…なにか金銭的な余裕ができたらいいのだけれど。』


手紙すらも送ることが許されないのだから、会うことなんてできないとわかっているが、それでもすでにイタリアが恋しい。
金銭はこちらにくるときに約束した額だけ、と注意されている。
そのなかでやりくりをして今現在を過ごしているがイタリアまでの旅費をためるのはまだまだかかりそうだ。


ピンポーン。


『うん…?』


チャイム。
今までならされることのほうが少なかったそれが役目を果たした方が驚きなのだが、いや、その前に私の知り合いにチャイムを鳴らしてくれるような人間がいなかったような気がする。
それはそれでおかしいと思うのだが、とりあえずと体を起こして玄関に向かった。


『はい?』
「お! はよ!エマ!」
『た、武君!?』


自分でも随分と不用心だと思う。平然と開いた扉の先には数日ぶりの武君の姿。にっといつもどうり変わらない笑顔をくれた彼に、固まってしまったのは仕方がない。


『お、お、おはよう!!!あれ!!私の家知ってたっけ?え?え?』
「小僧から聞いた! 元気そうだな」
『え、あ、うん。元気だよ!え、っていうかなんでうちに?』


どもってしまったけれど、さて、実際彼がどうしてここに来たのかが疑問だ。
っていうか、ドアを開けた瞬間に勢いよく外の暑さにさらされた。通常の気温はイタリアと変わらないんだが、日差しがつよい。
っていうか、この暑さの中を彼はここまで来たのかと思うとちょっとぞっとする。


「小僧がさ、エマは一人暮らしだっていってたからちょっと心配になってさ。」


けれど、武君はそんなこと特に気にしていなかった。そもそも、大分体育会系な武君はこれぐらいの暑さは半分なれたようなものなんだろうけれど。


『そ、そう。あ、もしよかったら上がって、お茶ぐらい出せるから、暑いと思うし。』
「いいのか?」
『え?うん。どうぞ、散らかってるけど。』


大きく扉を開けて中へ促す。
変なものは出していなかったとおもうし大丈夫だったとおもう。しいていうなら広げた宿題をはしに寄せるくらいだろう。扉がしまる音を聞きながら、片付けるために少し早足で部屋に入る。


「…エマ、とりあえずこれ着といてくれ」
『うん?』


のだが、突如肩からかけられたのは武君が着ていた薄手のサマージャケット。
首をかしげてしまったのだが、振り返った武君は少し困ったように笑ってて、何がどうしてどうなったのか私には正直わからなかった。




カランっと軽い音がして氷が滑り落ちる音。
密室に武君と二人きりになるなんて考えても見なかったから酷くドキドキして頭に入ってこない。


「すっげ、エマもうこんなにやってんだ。」
『う、うん。でも国語がわけわかんなくて…。』
「あー、やっぱり日本語って難しい?」
『正直言うと意味わからない。』


二人でテーブルに課題を広げて互いの成果を見ている状態だが、やっぱり武君は体育会系なだけあって少々成績…主に英語が進んでない。
まぁまだ休みの序盤だからということもあるだろうけど。



『英語は英語だし、イタリア語はイタリア語なのに、どうして日本語はほーげんとか、なまりとか、えっと?なんだっけ?「月がきれいですね」で「愛しています」なんだっけ…あぁいうの、ちょっとよくわからない。』
「はは、まぁそうだよな。」
『漢字の音読み訓読みからつらかったもん。』

 
私の場合は運がいいのか悪いのか、リボーンというチート家庭教師のおかげで基本的な日本語は理解することはできているが、昔の詩人たちは何を思ってそんな言葉たちを使ったのか。
そもそも「What」ひとつですむ言葉をなぜ「え?」やら「は?」やら「なに?」と区別するのか。 あと語尾を異様に上げる。
最後だけどうにかしていれば通じる言語なのかもしれないが、それだと海外じゃ通用しないと思う。

…まぁ日本語英語なんてそういうものだとはわかっているけれど。


『日本の英語は嫌いだわ』
「それは得意すぎて嫌いってことだろ。 オレもいってみてぇわ。」
『ほとんど慣れだよ。 武君ならきっとこんなところでノートにひたすら書いてないで現地入りした方が絶対に早い。』
「海外なぁ、いつかいってみてぇな」
『イタリアに来たときは案内してあげるね。 本場のピッツァもパスタも食べてほしい』
「じゃあ、一番はイタリアだな!」


にっと笑いながらそう言って、またシャーペンを走らせる。
でも、きっと彼はイタリアの前にメジャーデビューしてよその国にいくんだろうなって思う私は、彼は大好きだけれど、こっちの世界に来てほしくないのだ。
だって、太陽みたい。 この人はこっちの世界で生きていくには明るすぎるし優しすぎる。








そうして夏休みの宿題を二人で消化し、残った分は今度沢田家でやるか、なんて話になった。
なるべくならあの悪魔のいる家には近づきたくないのだが武君が誘ってくれるなら行かないこともない。

それに、京子に海にも誘われている。夏祭りにも。
この家出がいつまで許されているかわからない以上、サマーバケーションもウィンターバケーションも思いっきり楽しんでみたい、というのが本音。

日本のいいところをたくさん覚えて、兄様が自由になったときに一緒に旅をする。
そういう未来もきっと悪くないのだ。

20210731



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