15
「今日は助かったぜ。ありがとな」
『ううん、私も、なんだか楽しかったし、ごはんもごちそうになっちゃたし、ありがとう。』
暗い夜道を二人であるく。
からからと山本が手で押している自転車からは乾いたおとが聞こえてくるが、それは彼の帰りの足ということだ。
エマが竹寿司に入って4時間ほどで客足は落ち着き、給料兼まかないだとエマにトロ丼が振る舞われて、それを食べきる頃にはのれんを下ろす時間。
夜道を女の子一人では帰せないと、さもあたりまえについてきた彼に、やさしいなと思うよりも、少し前の記憶の方がよみがえってきてしまっていたたまれなくなってしまう。
だから、少しだけ距離の空いた、並び。
「エマ、」
『な、に?』
「ちょっと寄り道してっていいか?」
10分ぐらい。とちらりと通りすぎようとしていた公園の出入り口に止まって、彼がいう。
小さい頃には、一回も遊んだことがなかったようなものがたくさんあるそこに、視線を向けてひとつ頷いたのは、からだがかってに動いたこと。
自転車は入り口に止められた。
そのままきっと昼間は子供達が楽しく遊び回るだろうその場所を二人で静かに歩く。
あいにくあめが降ってしまったせいでどこもかしこも濡れていてどこかに腰を下ろせる場所なんてないし、中学生二人がこんな時間に公園にいたらあまりよろしくないだろうが。
「ちっとは元気になったか?」
かけられたその言葉に、エマは山本を見上げた。心配そうなきれいなその目と目があって、ぱちっとまばたきする。
「なんか、この間からずっと元気なかったし、うまいもんでも食えば元気になるかと思って、今日誘ってみた。手伝わせちまったけど。」
「女子だったらケーキとかの方がよかったか?」と今だに心配そうに首をかしげる彼に、視界がじわりとしてしまったのは生理的なもの。
「エマ!?」
『ううん、ううん。大丈夫。』
ぽろぽろと先日のようにせきをきって流れ始めるなみだはうまく止めることができない。泣き虫じゃなかったはずなのにとそう思っても止まらないものはしかたない。
わたわたして、それから駆け出していった山本はすぐに片手に近くの自販でかったココアをもって戻ってくる。
まるで小さい子供をあやすような姿に、泣きながら、エマは笑ってしまった。
『ねぇ、武君』
「ん?なんだ。」
『武君は、嫌なことを洗い流してくれる雨みたいだね。』
はらはらと、いまだに流れ落ちる涙はそのままに、そう告げれば「初めて言われたぜ」と山本も笑う。
二人だけの静かな公園だが、二人の笑い声が小さく響く。
空にはいつのまにか雲はない。
「あ、でもな、エマ」
『なに?』
「あんまり喧嘩はすんなよ?怪我しちまったらあぶねぇから」
『うん。気を付けるね』
190225