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ツーンっと鼻に響いたそれに、ぶわりと涙が一気におしよせた。
たたっと手が目的のものを探せば「エマはワサビ抜き決定だな」って笑いと共に、彼女に手渡された水。

一気に流し込んで息をついたが、まだひりひりするそれに、じとりと彼を見てしまったのは仕方ない。


「しかたねぇよなぁ。エマちゃんは食ったことねぇし」
『ひりひりします。』
「はは、でもなれればうまいんだぜ?」
『一生なれる気がしない。』


目の前で笑う彼にちょっとだけムスっとしてしまうのは、きっとわかっていて自分の父親に頼んだからだ。
ぐすっと鼻をすすってしまったが、「ほい、サビ抜きな」とトントンっと次々に握られていく寿司の列に驚きで瞳が瞬いた。


『すごい、早業。』
「はは、ありがとな!」


素直に感想をのべれば、にぱっといい笑顔が返ってくる。それに、心がぽかぽかするのはきっと暖かいからだ。
ボンゴレでの食事はテーブルマナーから何からうるさかったし、ヒトがいる前で食べるのは嫌だったし、こっちに来てからはめんどくさくてコンビニが多かった。

だから、こうして、だれかといっしょに食べたりは、ほぼはじめてに近い。


「ワサビのは俺くってもいいか?」
「ったくしかたねぇな」
「やりっ」
『このオレンジのなんです?』
「そいつはウニだな。」
『ウニって食べれるの?』
「食べねぇの?」
『イタリアじゃそもそも食べないよ。』


ひょいひょいと前半に作られていたワサビの入っているであろう寿司が山本に吸収されていく。
その度に「んまぁ」と表情をほころばせる彼に、新たにのせられたその未知なるものに興味が移動したのは純粋に興味。

とりあえず、何でも食べてみたいというのはこの日本に来てはじめてのジャパニーズフードだからということにする。
ぱくっと一口でいけば、また別の意味で美味。
ぱっと目を輝かせたエマに「うめぇか?」と山本の父が聞けば、こくこくと勢いよく首を縦に降った。まるではじめてお菓子を食べた子供状態である。


「おう今日はお客さんもすくねぇからな!活きがいいうちにくっちまえよ!」
『ありがとうおじさん!』
「いいってことよ!」


ガラガラ。
入ってきた時と同じおとが聞こえた。そうすれば「へいらっしゃい!」とまた山本の父親がいい声を張り上げる。
雨だろうが寿司屋は寿司屋、時間帯もある。


「武、わるいなちと手伝ってくれ。」
「ん?いいぜ?」
『あ、だったら配膳私も手伝います。』


まさかのいっぱつめに来たのがちょっとお得意様と来れば公私混同は避けねばならない。
言われた言葉に、立ち上がった山本だったが、それに続けてエマもたち上がれば「お嬢ちゃんはお客さんだろう?」と苦笑いされる。


『タダ飯はいやですから!』


少しは元気になったその笑顔でそういえば、少しだけ山本の表情がほっとしたように和らいだ。

一旦奥に下がったエマと山本はそれぞれ制服から着替える。
さすがに着物を一人で着れないとおろおろしていたエマに渡されたのは甚兵衛でそれをした上からエプロンをかけた。ちょっとだけちぐはぐな。髪が邪魔にならないようにまとめあげてバンダナをすれば完成である。


*Side Yamamoto


『お冷やとおしぼり失礼します。』
「お!ありがとねお嬢ちゃん!」


雨の音が聞こえなくなって、少しずつ増えてきた客入りに、俺も親父も店に入ればさも当たり前かにエマも入っていた。制服のままでは動きづらいだろうと今では誰も着なくなった甚兵衛を渡せばなんとか着こなして白いエプロン。衛生面に気を使ってか、バンダナをしていて偉いと思う。
さすがに寿司ネタはきょどるものの、彼女の髪色でおおよそが、指を指してメニューを告げるあたり本当に親父の人柄もあっていいお客さんが多いんだろうと思う。
お陰でエマも一時間する頃にはメニューを覚え、自分でアレンジして伝票に書き込むようになっていて(それを最初見たとき正直解読できなくて焦った)、彼女も彼女で順応能力がめちゃくちゃ高い。


「あれ、坊っちゃんのガールフレンドかい?いい子だねぇ」
「武にはもったいねぇですよ、あんなべっぴんさん!」


くるくると周囲を確認しながらお冷や足したり、空いたテーブル片したり、お客さんに呼び止められて笑うエマは学校の時とは違って年相応って感じで、見ててちと安心する。ここ最近は特に不安そうにしていたから。


「嬢ちゃん、熱燗追加で!」
『はーい!』


ただ、さも当たり前かにエマはいるが、明らかに中学生ではある。まぁ、高校生にも見えなくはないけど、『おじさん熱燗ください!』なんてぱたぱた駆け寄ってきたエマは心底楽しそうだ。


「お嬢ちゃんそこはおじさんじゃなくてお父さんって読んじゃいなさいよ」
『え?お父さん?』
「おいおい悪酔いしすぎですぜお客さん。エマちゃんが好きなようによんでいいかんな?」


ただ、一瞬だけ曇ったエマの表情に、また何とも言えないやきもきかんがあった。
そういえば、俺は学校でのエマを知っているけど、この間のことといい、エマのことなにもしらねぇなとか、そんな風におもってしまったのは、彼女の表情を曇らせたくないと思ったからかもしれない。


190226


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