13


静かな雨音に、エマは一人下駄箱のところで空を見上げていた。あの乱闘事件からすでに二週間。
もうすぐ梅雨がおわるだろうと言われるとき。天気予報は晴れだといっていたのに、突然の豪雨にエマは下駄箱で立ち往生していた。

あの日からボンゴレ陣たちとは距離をおいていたために、リボーン経由はNG。京子と花には雨の弱いうちにと帰してしまった。実際、自分も傘を持ってきているつもりだったのだ。そう。つもりだった。


『日傘と、雨傘間違えるとか、どこの馬鹿なの』


しかもお気に入りの日傘である。もう少し雨が弱くなったらもう濡れて帰ろうとため息をついて身を翻したところで、固まった。


「よ、エマ」


ひらりと彼女に手を降るのは、間違いなく、あの日から少々避けている彼そのものだった。はくっと空気をかんだエマに「なんだ傘忘れたのか?」と彼は平然と近づいてくる。


『や、まもと、く』
「は?」
『え?』
「なんで突然名字なんだよ。」


緊張で口が回らなかった。いったい今自分はどんな顔をしているんだろうか。
わからないけれど、心細くなって下を向く。

あの日、真っ向から彼を見た。リボーンに向けるあの煩わしいと隠さない眼で、自分が好意を持っている彼を見てしまった。嫌われてしまったと、思う。だから、話したくなかった。きっと追求されてしまうから、


「エマ、傘ないんだろ?送ってくぜ?」
『や、いい、大丈夫。だったら濡れて帰る!』
「はぁ?」


ぱんっと大きめの青い傘が開かれた。その音にさえ過敏に反応して後ずさりしてしまえば、あっさり昇降口の屋根からでて、雨が降り注ぐ、
それを彼が見逃す訳がない。手が捕まれて、段差が危なくないところまでつれられて傘のなかにすっぽり収まった。


「女子は体ひやしちゃいけねぇんだろ?家知られんのがいやなら俺んちで雨宿りしてけよ」
『た、けしくん、のいえ?』
「そ、うち寿司屋だし。まかないでよけりゃいっしょに食おうぜ?」
『ごはん…』


挙動不審。その言葉がぴったりあうんだろう。逃げられないように手を捕まれたまま、歩きだした彼に少し遅れてエマの足が動き出した。
少しだけ遅いペースに山本が歩幅をあわせれば、きれいに横並びになる。
男子のなかでも長身に入るだろう山本の隣に並ぶエマは女子の中では身長は高いほうだし、何より、外人らしく成熟するのもはやい。中学生にしては大人に近い体は、少々取っつきにくいところでもあるんじゃないだろうか。

だから、クラスでも少々浮いているとは知っていたし、それは気にしない方向だったのだが、あの時は違う。あれは、一般女子の持っているものじゃない。
表と裏との境界をぐらつく自分は、時おり獰猛になっては生ぬるい世界に牙を向いてしまう。だから、その欠片を、みられたくはなかった。

きゅっと口をかんで、下を向いてしまった。



それからほどなくしてたどり着いたのは、「竹寿司」とのれんのかかったお寿司屋さん。ガラガラという音と共に開かれた横開きの扉に「親父ただいまー!」と山本の声。一歩店内にふみいれれば、酢飯の香りや醤油、ともかく、日本独特の調味料の香り。


「ちっと濡れちまったな。今ジャージ持ってくるから」
『いいっいらない』
「いいから!」


この雨で客足が遠退いた店内は静かでだからこそ、いろんな音が聞こえる。ぱたぱたと店の奥に消えていった彼と共に階段を上る音も聞こえたが奥から下駄の音と共に「なんだ武帰ったのか」と現れたのははちまきをつけたどことなく、山本に似ている男のヒトだ。恐らく父親と言われるヒトだろう。


『え、あ、すいません。おじゃまして、ます。』


けれど、どことなくその雰囲気が「一般人」じゃないような気がしたのはきっと気のせいじゃない。これは、「勘」だ。


「おうおう、武のやろう。こんなべっぴんさんおいてどこにいきやがった」
『いや、あの、もう帰りますから』


なんとも山本に似て活きのいいといったら失礼か。おそらくこの父親あってのあの息子だろうと思ってしまったのは、自分が兄譲りのそれを十分引きついでしまっているからだ。


「親父ただいま!」
「おうよ!武、この嬢ちゃんは友達かい?」
「ん!クラスメイトのエマ!雨降ってて傘もってねぇっていってたから雨やむまでいいだろ?」
「もちろんよ。ついでに夕飯もくってけ。おっちゃんのおごりだ」


「お、いいのか親父!」なんてエマそっちのけでかわされてる会話においてけぼりだ。完全にエマの思っていた日本人像じゃない。いやどちらかと言えば近い気がするが、この二人は仲がいいことは重々わかった。


「エマ、寿司食ったことあっか?」
『…ううん。』
「そっか!だったら初寿司だな!うちのは特別うまいぞ!」


にぱっと笑う彼に、やっぱりこの笑顔が好きだなとか、そんな斜め上を考えて現実逃避をしてしまったのは、彼女の防衛本能だったりする。

190224


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