12


 あの乱闘騒ぎはエマが逃走したことによって強制解散になった。
彼女がいなくなったとたんに意思をなくしたようにその場に散らばった矢をよく観察した獄寺が「これ、なんか刺繍糸のでっかい版みたいっすね」と表情をかためていたが、まぁそれはおいておくとしよう。

あれから数日学校を休んだエマだったが、学校に戻ってきたときには、リボーンに無理矢理つれてこられているような状態だった。
半分引っ張り出されてきたようなものだったのあろう。
結い上げている髪が下ろされ、ミステリアス加減がまし、色味もあっていつもの彼女とは裏腹な、儚い風貌に回りの男子(特に獄寺)が絶句していた。
とはいえ、山本との距離はあの日以来思いっきり離れたままである。


「エマちゃん、今度ケーキ屋さんいかない?この間すごく美味しいところ見つけたの!」
『…うん。いつかね。』
「もう、あんた元気ないわよ!どうしちゃったの?」


もう梅雨の時期である。そのジメジメさが、まるで乗り移っているんじゃないとすら黒川花に言われて、エマはその瞳を空に向けた。
もうすぐ、雨が降りそうだ。と、雨の香りを感じるのは、それに敏感な自分だからだろう。傘は朝リボーンに持たされているから問題はない。


『ねぇ、京子ちゃん、花』
「なぁに?」
「なによ」
『自分より身長が高くて、口が悪くて、喧嘩っぱやい女の子なんて、好きになってくれる男の子いないよね。』


ぽつりと、言って、しまったとおもってもしかたがない。
じんわりとにじんだ瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれだす。集中していないのが悪かった。気配を感じ取れていないのが悪かった。自分が喧嘩をふっかけたのが悪かった。
そんなことわかっているのに、兄譲りのそれはエマに絡み付いて離れないし、実際、あのとき若干興奮していて回りが見えていなかったのは本当なのだ。後悔したってもう遅い。


「エマ!大丈夫、大丈夫だよ!」
「もう、なんだってのよ、情緒不安定過ぎよあんた!」


あまりにも涙を流すものだから、その白いはだが赤くなるのは早いもので、慌てる京子たちにツナが「マジで別人」と口許をひきつらせた。


「沢田!」
「うぇ!はい!!」
「ちょっと、この泣き虫保健室つれていくから先生に適当にいっておいて!」
「ごめんね!ツナくん!」
「え、あ、うん。わかった!」


突然名が呼ばれればびびるのは彼の性格上おおよそ理解はできる。
が、まるで泣いている人物を隠すよう頭からフェイスタオルをかけて保健室へつれていく様は彼女が先日獄寺をあっさりと追い詰めたあの獰猛な眼をした彼女とは似ても似つかない。
だからこそ、彼女は「なにか」に怖がっているんじゃないかと思う。


「…なんか、いたたまれねぇっす」
「あ、はは、まぁ、獄寺君半分以上元凶だからね。」
「俺は!あいつの!喧嘩を!買っただけっすよ!!」
「うんうん、わかったから。」


そんな彼女の変貌に、自分以上に複雑なのが目の前のこの彼なのだろう。
実際、あの日機嫌の悪かった彼女の喧嘩を買ったのは獄寺ではあるし、その時に適当にあしらえば、彼女はあそこまで落ち込む結果にはならなかった。
ただ、獄寺としても言い分はある。男である己が女に負けたのが悔しかったし、十代目である彼を彼女が狙っているとも思ってしまう。
だから、買ってしまったのだ。
案の定、自分はニどめの敗北をきしたのだが、彼女の手の内はまだあるんだと思う。実際、スカートで駆け回っていたからこそ、動きに制限があったのは事実だ。おそらくあの武器もおとして逃げたということはそこまで重要なものでもないのだろう。


「なぁ、ツナ。獄寺」
「や、山本。」
「エマのやつ、あんなに落ち込むなんてどうしたんだよ。マフィアごっこか」


恐らく俺は山本があの場にいたせいだと思う。なんて思ったことが口にできなかった。


「うまいもん、食ったら元気になっかなぁ。」


ぽつりと、こぼして山本は静かにエマたちが去った後方のドアを見つめていた。

190224


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