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食事の支度をするのはさもあたりまえに彼女の仕事になった。
そうなれば市はもう厨に近づく時間は極端にすくなくなり暇をもてあますようになったのは秋風が冷たくなるころ。

そんな市とは裏腹に、やはり六実もそれは感じているらしい。彼女は忍として此処に来たのに与えられるのは雑用ばかりだ。けれど、求められているのならばそれで良いじゃないかと市は思ってしまうのはちょっとした八つ当たりだ。


「市はこうなった場合。どうみる。」
『・・・私は、女衆を狙います。』


明け方からにかけて呼び出され、何事かはせ参じれば広げられた地図に市はため息を付いた。これで酌をしろ、とかならばよろこんで辞退できるが、これは唯一己が出来ることだ。


『篭城された場合、狙うなら、戦に慣れていないもの、女です。 戦いに来た男衆であれば鉄砲や雄たけびなんて聞きなれていますが、女衆はそんなことしったこっちゃありません。 そこに決定打が加われば女衆は一斉に悲鳴を上げます。』
「・・・なるほど」
『男と女では気持ちが違いますから。卑怯ではあるかもしれませんが利用するなら心理戦。男は女に弱い生き物ですから』


とんとんっと、仮想の地図に描かれたその場所に布石をつめて行く。その手に迷いはない。


『もしも、私が一軍の将だったら鉄砲隊は絶対に入れますね。』
「お前は相変わらずだな」
『私が信繁様に買われたのは銃火器の技術ですからね。』
「俺がお前を買ったのはその頭の回転もだが」
『あら、お世辞がうまいこと。』


笑いながらも、その手はとめない。着々と信繁の城を落とすべく、基盤をつめて兵を設置して行く。
その目は真剣であり、一種の試合だといっても過言でもない。真剣に地図をにらみつけさらに付け入る隙がないかを探る彼女の姿を静かに信繁は見つめていた。


『もしも、鉄砲をつかうなら、絶対に引き寄せて動けなくなったところにぶち込めば良い。火薬はいくらでも消費して見方をまもれるならそれが一番です。信繁様、どうか「私」の遣い時をどうか誤れるな。』


かつんっと、鉄砲隊を残して、ほかの隊が下がる。
それは、逃げ惑うと見せかけて、地雷を仕掛けた場所へ誘い込む「鴉」の策だった。








そんな早朝から頭を使った為に睡魔に襲われ『少し寝ます』といった上に「ならここで休んでいけ」という信繁の言葉に甘えて市は彼の布団を借りた。普通ならばありえないだろうが、昔はよくしていたことだ。とはいっても、市には少々変な甘え癖があり、それが信繁にだけ発揮される。 十蔵とはまた違う安心できる場所として認知しているからなのだろう


『・・・あぁ、やってしまった。』


寝すぎた。と思ってももう遅い。
もぞりと布団を頭からかぶったまま体を起こせば、朝日を少しでも軽減できるが、明らかに明るい。もう食事始まってしまった頃だろう、そういえば今日は三好伊佐入道が帰って来る筈だと思いながらほつれてしまった髪をなおして広間に向かう。
食事が欲しいのではなく、情報が欲しい。

ただ、それだけだったのだが、


「あ、はい!申し訳ありません!ただいま!」


ぱたぱたと走り回る足音と、声がする。それに、市の足は止まった。


「相手は若い娘なんだから、もう少し優しく話せないもんかのぅ、こわがっとるぞ」
「十善戒がひとつ、不綺語。中身のないうわべだけの言葉なんて、僧にとって忌むべきもんだろう。忘れたのか兄貴。」
「相変わらずの堅物じゃな。諸国行脚して一体何を見てきたのやら」


広前の扉を開ける手は止まり、その場にくるりと背を向けて聞き耳を立てるわけではないが、音が出ないようにすわりこみ気配を消す。六実が「怖がっているわけではないので、お気になさらないでください」と遠慮がちに言えば「あんたは優しい娘じゃな」と青海のやさしい声が聞こえてきた。


「それにしても望月さん、すっかりこの屋敷になじんだみたいですね。まるでずっと昔からここに居たみたいです」


あぁ、けれどなんて残酷な言葉をはくのだろうか。
耳をふさぎたい衝動に駆られながらも、それはしてはいけないことだというのはわかっている。目をとじて、ただ「情報」だけを取り入れようとした。


「うむうむ、やはり若い娘がいると、場が華やかになって良いのぅ」
「青海爺、あんまり色気づくなよ。少しは自分の歳を考えろ。この娘とあんたじゃ父親と娘どころか下手すると祖父と孫娘だろう」
「全くだ、この破戒僧め。」


聞きたくない。
やはりそろそろ暇を、赦されなければ伊佐のように全国行脚をするべきか、それかいっそ誘われている巫女たちの下へ行くべきか、考えて気配と足音を消したまま自室へ戻る為に足を動かした。






「(遅い。)」


ぐるりと周りをみて十蔵はそう思った。
いつもならば情報を得る為にこの食事時には手はつけずとも必ずでる彼女の姿はない。それにため息を付き、また寝坊かと思い立ち上がろうとすればそばに居た信繁から「あいつなら俺の部屋で寝かせてある、最近あんまり寝てねぇみてぇだからな」と声をかけられた。

やはりそうか、という感想のほうが強いのは皮肉か。

望月六実が来てからこの屋敷は華やかになった。
失敗もするがより多くを仕事を手にするようになった六実の声はよく響く。明るく透き通る声は場を華やかにする。それと一緒だ。
今まで山奥で暗い印象が強くなっていたこの場所も少しずつ良い方向に変わり始めているというのは実感している。

同時に、市が何かを恐れていることも。


「あの、筧さん。」
「はい?」


一通りの報告を終えて今日の予定を話し終え、各々が解散して行く。その様子を見ながら十蔵も動き出そうとした矢先に六実に声をかけられてその行動を止めた。


「どうかしましたか、六実さん。」
「私、市さんに何か、してしまいましたかね。」


不安げに視線を揺らして、六実は告げる。
元々、彼女には多少の放浪癖があったのを全員が知っているが、それは3年前に始まったことで最近は皆、彼女を問いただすことを止めていた。それが此処のところ酷くなっている、という印象が強くなっているのだろう。
けれどそれを知らない六実からすれば、初日に軽口を叩き笑顔を青海や幸村に向けていた市がぱたりと居なくなり、さらに自分が作った料理にも手をつけないまま報告だけ聞いてふらりと消えてしまうのは不安に思うらしい。
今日とて仲間の一人である伊佐が帰って来たがその姿は結局最後まで見られなかった。


「あの子は、臆病なだけですよ」
「筧さんと市さんはとても仲がいいんですね」
「えぇ、幼馴染・・・といったところです。」


言った言葉に六実はきょとりとその瞳を瞬かせる。
それからはたっと何かに気がついて「私、お二人は恋仲だとばかり、すいません」と慌てたように頭を下げた。


「まぁ、背を預けられる信頼は、貰っていましたね。」


過去形にするのは、怖いからだと気がついたのはいつからだったか。
顔を上げた六実が不思議そうに首をかしげる仲で「いえ、なんでもありません」と十蔵は首を横に振った。




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