5

拗ねていても仕方ないとは知っていたのだが、ふつらふつらと転寝をしていたら、ひょっこり顔を出したのは小猿。
市の髪に潜んではよく遊ぶその小さい生き物は、佐助がよく連れ歩いている小太郎という野生の動物だった。優しく撫でれば小さく鳴いてすり寄ってくるその小動物に口元が緩む。


『起こしてくれて、ありがとう。小太郎。』


その一言を言えば賢い小猿は一声また鳴いてもぞりと市の髪に紛れ込む。もぞもぞと首元が動くのを感じながらまた少し寝ようと目を閉じたのだが「市。降りてきなさい」とすぐに怒りを孕んだ声が聞こえて、目を開けた。


『市は転寝中です、しばらくたってからお越しください。』
「起きてるじゃないですか。おりてきなさい。」
『いやよ。怒ってるってわかってるもの。』


いつもの決まり文句だ。
さらりと言葉を投げて、また寝に入るのだがその前に、近くなるその香りに、また目を開く。


『定員は一人よ、ここに十蔵が入れる隙間はないわ。』
「ないならこじ開けるだけですね。」
『っちょっと、子供じゃないでしょ・・・っっばか変なとこさわらないで!』


およそ、大人二人が入るには狭い場所だ。市が暖をとったり暇つぶしをする為に持ち込んでいる書籍を寄せればまた違うが、さっさかそれを手で寄せて、さも当たり前に入り込む十蔵はどこの悪がきだと、市は心の中で悪態をつく。
ここは市の隠れ家だ。佐助にはここに非常食を溜め込んでいるといっているが、十蔵はさも当たり前に彼女の住処へやってくる。彼女の身体を寄せて、その背中側へ回れば、己の開いた足の間に座り込ませて、あの夜のように、その背を抱いた。


『じゅうっ』
「・・・彼女は、しばらくここに住まうことになりました。」


彼の名を呼ぼうとした矢先に、言われた言葉に、市は口をつぐんだ。
彼女とは六実で間違いないだろう。
あぁ、いやだな、と思ってしまったのは、彼女が羨ましいからだ。


『いいじゃない、おいしいご飯がこれから食べられるわ。』


言いたい事は違うとわかっているのに、告げるのはそんなこと。自分には出来ないことをさらりとやってのけてしまった年下の少女に劣等感はうまれど嫉妬は生まれない。
それは、間違いなく彼女より自分が優れている能力があると知っているからだ。


「・・・どこにも行かないで下さいね。」
『あら、料理もできて、気前も良い、笑顔も声もかわいいし、私よりずっといいところの多い子よ。私のような役立たずと大違い。』
「そういうことじゃなく」
『そういうことでしょ、私はいつ暇を出されるのかしら。』


けれど、その能力はもう使えない。
使い物にならなくなった時点で、普通の女子が出来る最低限を身に着けようと頑張ってきた。だが、それも空振りに終わり、結局あっさり自分の場所を奪われる。
ならば、もう居ない方が良いと思うのは、彼女がそういう人間だからだ。


『怒らないで、十蔵。私は、もう戦わせてもらえないのでしょ?』


女の身で戦に出てきた。彼の片腕としてその背後を守ってきた。けれど、それができなくなった事件があった。
もともと、戦から離れてしまった真田の地では不要となりつつあったことだが、戸沢白雲斎が彼女を送ってきた時点でまたきっと歴史が動く。
そこに、使えないものは、イラナイ。


『私は、大丈夫よ、十蔵。』


何も言わない彼は、わかっている。
けれど、わからないふりをしている。それにありがたく思いつつ、体の力を抜いて、背にしている彼に全てを預けた。
大丈夫、大丈夫と言い聞かせるのは自分のためだ。他人のためなんかじゃない。

必要のないものは、捨ててしまわなければそれは今後、いつ刃を向くのかわからない。
それを、市は知っている。


「信繁様は、市に暇を与えたりしません」
『あら。』
「貴女が出来るのは戦いだけじゃない。料理が出来なくとも裁縫が出来なくとも、貴女の頭の中には信繁様と良い渡れるだけの策がある。それを、貴女が一番わかっているでしょう。」
『そうやってやさしい言葉で女性を引き止めるのは止めろっていつも言ってるでしょ、痛い目みるわよ』


そのまま、暖かい身体に身をゆだねる。完全に意識を飛ばそうとしているのをわかってか、十蔵は自分の羽織に完全に市を入れ込んだ。

別に、幼馴染だからだ。
この歳になって、とは思うが、所詮、その一戦を超えなければ男も女も腐れ縁として友人で居られる。


『少しでいい。』
「そうですね。」


逢引のようでそうではない。
右腕を庇うように身体を小さくする彼女に、十蔵は目を細めた。

自分の言葉では、彼女はとどまれやしない。それは酷くもどかしく、ふがいない。
いつも彼女が決定を求めるのは主である信繁だ。それはある種彼が特別だと彼女が示しているものだった。

そうさせてしまったのが、自分だということも、知っていた。



ーーーー

/
もどる
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -