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あぁ、またやってしまった。そう思ったところで遅かった。燃え上がった炎は魚を焼き尽くし、炭にしてしまう。


「全く、また貴女は何を…っ」
『…ごめんなさい。』
「まぁまぁそう怒るな十蔵。」
「第一貴女は厨に立つなといわれているでしょう!」


もともと、料理は出来ない。それをわかっていたがそれでもやりたい、と思うのは「普通」を求めているからだろうと十蔵もそうだが、皆わかっている。
けれどそれが失敗に終るのが大体の結末だ。

昨晩とは違い、髪を一本に纏め上げて簪でバラけないように束ねている。長い袖の装束は軽くたすきがけして、その場に居た。


「一体何があったんですか?もしかして敵の刺客ですか!!」


その場所に飛び込んでくるのはこの状況を知らない六実だ。
装束を着込んだまま厨に入ってきたのだが慌てていたのか髪は乱れたままである。
けれど、突然現れたその少女に火を消し終わった面々はキョトンとするばかりだ。


「あれ…?」


それは、彼女もそうだったらしい。
平然と食事の準備をしているだけな光景に、自分の慌てようはおかしすぎるとすぐに気がついたのだろう。
そしてその慌てた様子に、十蔵は苦笑いを零したが、佐助はそうではない。


「おい、勝手に部屋を出るなといったのを忘れたのか」
「そ、れは…っすいません。焦げ臭い匂いがしたので、てっきり裏柳生の刺客に火をかけられたのかと思って…っ」


咎めの言葉を放つ佐助に、慌てたように六実は弁解した。一方「火ならもう消したから心配は要らんぞ。」と笑顔で青海は告げる。
彼が指差したのは先ほど市が勢い余って炭にした魚だ。


「火加減が弱いといっただけなんですが」
『細かい調整は苦手だって言ってるじゃない』
「油を勢いよく注いだらあぁなりますよ!まじめに反省なさい!」
『もぅ、おこりんぼ。おなかに入れば一緒よ、ねぇ青海さん』
「そうじゃのぅ」
「青海も市を甘やかさないでください!」


呆れたように告げる十蔵に、さらりと市はいう。怒りをあらわにするのだが、しれっと青海に声をかけるあたり彼女も悪気があったわけじゃない。怒っている十蔵としては腑に落ちないことだらけだ。


「あの、腹に入ればって…もしかしてこれを信繁様に…?」


おろおろとしてるなかで、六実の目は黒焦げになった魚に注がれてる。やはり、不安なのだろうかと思っている中で「汁物も用意してある。」といった佐助の方を見やった。

彼が作っている汁物を除きこんで、また目を開く。火にかけている鍋の中身をかき混ぜてはいるのだが、その汁物の香りは彼女が知る限りでは「変わったもの」に分類されるらしい。


「あの、一体何が入ってるんです?」
「鳥頭の根を乾かしたものだ」
「鳥頭の根…って…っそれ毒じゃないですか!!どうしてそんなものを!!」
「っ佐助またやったんですか!?」


恐る恐る訪ねる六実に平然と佐助は告げる、鍋をかき混ぜる手は止まらないがこちらにも十蔵が声を上げた。ばたばたとあわただしい朝に、火事騒ぎと毒混入。
まさかまさかの出来事に六実も固まるしかない


「毒に体を慣らす修行です。」
「前に同じことをして、信繁様が死にかけたのを忘れたのですか!」


そしてこれがまさかの日常茶飯事となれば、驚くどころか固まるしかないだろう。
台所事情が、危うい。そう直感的に感じたのは、今まで六実が「普通の女子」として生きていたからだった。


「っ急いでつくり直さなくては…まったくもう、ただでさえ時間がないと言うのに…!」


くしゃりと、前髪を掻き揚げてため息を付いた十蔵に、数度瞬きをする。けれど、彼女の中で答えが出たのだろう。


「あの、私に何かお手伝いできることはないでしょうか。料理なら一通り出来ます!」


そう言った彼女の表情は明るかった。







並べれた朝餉は見た目は過去に見ただけでも綺麗なものだ。さすが女子というべきか、手際もよく、遠くから市はそれを見ていたが、どうしても六実が忍であることに疑問があった。
だから、朝餉に手をつけることなく、ふらりと森の中を歩いていたのだ。もともと、朝はあまり胃が働かないせいか抜くことが多かったが、今日は見ていただけでおなかがいっぱいになってしまったのだ。

神出鬼没だとよく怒られたりもするのだが、それでいいと思うのは市だけだろう。


『普通って、どんなものなのかしら。母上。』


望月六郎に娘が居ることは、知っていた。
きっと望月六郎とよく行動を共にしていた・・・もとい怪我の程度を見てもらう中で彼がぽつりと零した言葉の中で汲み取った憶測だったのだが実際見てみて彼女が確かに彼の娘だと断言できる。

そもそも、雰囲気が似ているのだ。
だからこそ、あの場に居づらいと思ってしまって、抜け出した。


『私も、普通だったらよかったのかしら。』


生まれてから家庭という中で育った記憶は酷く少ない。少しの間だけ母という存在に抱かれていたがもとより体が弱かったその人はあっけなく逝ってしまった。
天性の才は彼女を戦に連れ込んでしまった故、彼女は普通の女子の生活を、知らない。

森の中を、進んで行く。たすきが解かれて、桜色から白のグラデーションのかかった広めの袖が風に流れ落ちた。
そのまま一定の位置まで行って、とんっと地面を蹴る。
ふわりと身体は羽のように持ち上がれば大きな大木の上、そこにあいている大きな穴−−彼女の隠れ場所−−にするりと身を潜ませた。

それは間違いなく、現実逃避。


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