46

寒い冬は戦いと共に去っていき、師走と共に時が駆けていく。
それなのにも関わらず、彼女は置き去りのまま、なにも進展はあらず時間だけは無常に過ぎていった。諦めているつもりは、ない。それでも……
籠城を諦め、結局和平へと進み、講和の末、私たちが戦った真田丸は破壊された。
真田の得意な戦略だった。そして私たちの城だった。彼女は一度もこの城のなかで戦いはしなかったがきっと悲しむんだろうと、考える。


惣堀を埋められてしまった城は、もはや諸刃の剣とも言えよう。だんだんと真田の中でも苛立ちが募っているのは理解していた。
こういうときに、いつもそばにいて策を出しあっていた彼女がいないのは、ここ一ヶ月でなれてしまった。なれてほしくなんぞ、なかったが。


「六郎」
「…ごめん、なにもつかめてない。」
「そうですか。」


かの忍のなを呼べば、静かに返答される。
通常の仕事に加えて彼女の捜索を頼んでいる身としてあまり無理はさせられない。それでも…

あの子は嘘が下手。そして、房事は手をつけていなかったはずだ。戦に生きる身として、女であるあの子は十分理解しているだろう。だからこそ、彼女が選ぶ道を、私は嫌でも知ってしまっている。


「十蔵。市はきっと大丈夫。」
「…別に心配なんてしていませんよ。あの子がよそに情報を売っていないかだけ…」
「ひどい嘘だね。十蔵。」


言われて、振り返った。
空っ風が六郎の髪を揺らす。その瞳が私をとらえる。あの子とは全く違う色だとわかっているのに、目がはなせなくなる。


「市の大丈夫。ほど信じてないくせに。」


言われて、静かに目を見開いた。小さく笑まれて、身を翻した六郎の後ろ髪がなびく。
その様子に、目を細めてしまうのは、彼女の幻影を求めているからか。「情報がつかめたら、報告するよ。待ってて」と、そう言って飛び上がった。
私にはない忍らしい動きに口をつむいでまた身を返す。






--貴方は誰?
翡翠の瞳が私を見上げていた。
たったひとつしか違わない小さな少女を、敵視したことはないがそれでも距離をとってしまったのは、自分の過去のせいだ。
それを彼女に言い当てられたとき、どうしようもない恐怖があった。
離れていかないと、わかっていたのに、それでも。

いつも少し暖かく、そのくせ、月のように静かに照らしてくる彼女の光がひどく当たり前になったのは、九度山に入ってから。
大殿と、そして信繁様と、真田の家臣たちとその日常を生きていたにもかかわらず、それを壊したのは私。
きっと、彼女の人の心を読み取る能力はその頃から本領を発揮していた。

彼女の腕を奪うことになったのは私の浅はかさからだった。それでも、彼女は戦っていた。
戦うことでその存在を保つしかなかったのかもしれない。

いったい、何が正解だったのか。
九度山にのこるといった彼女におとなしく従っていればよかったのか。それとも…


-ーー『十蔵、眉間にシワがよっているわ。』


少し強めの風と共に聞こえてきた幻聴に、舌打ちをした。
人間、一番に忘れていくのは声だというのに、染み付いたものがあるらしい。己の心とは裏腹に時は過ぎていく。


「いったい何をしているんですか。早く戻ってきなさい。」







眠る時間が増えた。
そして、大体目が覚めれば白蓮がそばにいて、そのそばに安房守がいる。なかなか二人きりになれないため、彼と話はできないが、


「聞いたか。」


唐突に言われた言葉に、首をかしげる。あまり輪を回すようなことをしないようにと安房守からさきに言われていた故、部屋でおとなしくすることが多い。だから私の手にあるのは作りかけの真田紐。
単なる暇潰しのひとつではある。下手に動くとぼろが出そうで怖いから、この行動は自分を隠すのにちょうどいい。。


『何をですか?』
「真田丸が破壊され今まで城を守っていた堀が埋められたそうだ。」


言葉を告げながら、私の隣に腰かける彼。告げられた現状に、動揺は悟られなかっただろうか。
真田丸。私は戦うことのなかった、信繁様の城。一度は、あの舞台で戦ってみたかったが、それはただの夢になってしまったか…。


『…そうですか、では、大坂は防壁を失い途方にくれているでしょうね。』


吐き出した言葉に間違いはない。豊臣には大打撃だろう。だが、信繁様の願いは別のところにある。ならば、きっと彼は別の策を考え付くはずだ。
あの人の息子であるのだから、これぐらい考えつかない訳がない。
だったら間違いなく対策打つ。


「存外、冷たいんだな。」
『私はあなたの兵ですから。』


真田紐を編む、私の指先を見ながら白蓮が言った。騙すのであれば、この言葉でいい。視線を彼に向けて微笑んで見せれば、その瞳が細くなり彼の腕がのびて、私の体を抱き込んだ。
体が引かれて、そのまま重力にしたがって彼の方に倒れれば畳の上に転がった。
私の体に負担がかからないように、彼の腕が私への衝撃をなくす。


『…どうしました?』
「しばらく寝る。抱き枕になっていろ。」


抱き締められて、告げられる。
抱き枕と、いうには私は小さいような気がする。腕枕で頭を抱えられれば少々苦しいが、彼がつけている伽羅の香りに目を閉じる。


『…手のかかる弟君だこと。』


ため息をついて。その腕に体を預ける。
彼が何をしたくてこうしているのかはわからないが、人はだが恋しいのか、それとも彼のいっていた「姉」というのになにかあるのか。

考えることはたくさんある。この場所にいて、私ができることはほとんどない。


『(何をすれば、いいんだろうか)』


あまり、彼に肩入れしてはいけない気がする。こういう直感は当たってしまうのだ。だからこそ、早く事を進めなければ。


『(あなただったら、どうするのかしら。)』


空白に問いかける。

20190821

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