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--じゃあ、才蔵ちゃんね。

最初から何もつかめない女だとそうは思っていたが、己のことをまさかの敬称でよび、弟にするように接してきた女をいつの間にか姉のように思っていたのもまた事実なのだと思う。
だからこそ、あいつがしていたことを咎めることも問い詰めることもしてこなかったのは、いつか話してくれるだろうという、その淡い期待があったからだ。

思えば、3年前。彼女が大けがを負った時から何もかもが狂っていたんだと、今更ながらに考える。


「あほ女。」


真田忍が散り、十蔵と行動を共にしていた「らしい」彼女が大けがを負って九度山のあの屋敷に戻ってきたとき、その「刀傷」の深さにおそらく彼女と共に戻ってきた男をかばったものだと理解した。
それは、己が刀を使うからよりわかったんだろう。
思わずかばわれた側の男を殴ろうとしたが、まるで雛鳥が親鳥にすがるように、男に身をゆだねていた彼女を見て、己に立ち入れない何かを感じてからがいけなかった。

実際、嫉妬だったのだと思う。
彼女のことを恋愛ではなく、真田信繁のような妹、というわけではなく、伊賀にはない、暖かさを愛していていて、それを姉と勘違いしていたんだと思う。

だからこそ、


『才蔵ちゃん、私に刀を教えてくれないかしら?』


そう頼られたとき、酷くうれしかったのだ。
刀に関して、一番に強いと認められたのだと、あの男よりも己に頼ってくれたのだと。
なのに裏を返せば、彼女は結局彼のために強くなろうとしていただけであり、刀の腕はからっきしであり、結局薙刀という武器に方向転換するよりなかったのだが、最終的に、彼女に人間の肉を斬らせる感覚を覚えさせたくなかった自分のわがままで棒手裏剣と根という形に収まったのだ。
それでも、喪われた右腕の感覚のせいでだいぶ苦労をしていたようだが、それでもいつも笑っていた。

その笑みが、だんだん判断がつくほど作られたものになっていたなんぞ、気がついていて気がつかないふりをして、そうしてみていたくなくて九度山を離れたのは間違いだったのか。


「本当、ふざけんなよ。」


荒れ果てたその場所で、一カ所、異常に色を濃くした場所を見つけた。そしてそこに突き刺さってた、黒く変色した、一本の簪も。
十蔵の話どうり、周囲に裏柳生の屍が散乱し、ここで戦いがあったことは間違いなく事実なのだが、ならばなぜ、彼女がここにないのか。
あってほしくはない。けれど、ないということがつまりどういうことか、忍の己はいやでも知っている。

あの純粋で隠しごとの下手な一匹の鳥が、一枚ずつ羽根をもぎ取られ、苦しみの末、なぶられるというのならば、いっそ綺麗なまま眠ってしまえたらよかったのにと、


「…才蔵。」
「……なんかわかったか。」
「こちらはなにも、そっちは」
「収穫なしだ」


簪を拾い上げればざらりと、おそらくすすがついているのだと思う。それを布で包み懐にしまった。
遺品、という扱いになるのだろうか。それとも、目印となるのだろうか。


「…才蔵、市さんは日の出までに片づけると言った。」
「あ?」
「きっと、あの人はまだ日の出ていない場所にいるんだと、俺は思ってる。」


身をひるがえした己に、佐助が告げる。視線だけを向ければ、彼は東…日の出る方角をにらみつけていた。佐助もわかっているはずだ。仮にその言葉を使うのならば、彼女は死ぬよりも苦しい地獄にいるかもしれないと。


「それに、鳥は帰巣本能がある。きっと帰ってくる。」


苦し気に笑って視線を下に落とした。
それを慰めてやるほど優しくもない。こいつが、市の指示に従わなければ少なからず回避できていたかもしれないことだ。
きっと、それは自分自身が一番攻めていることだと思う。

忍のくせに、こういうところはまだまだ餓鬼なんだろうな、と。

そう思う俺も、随分と甘いんだろう。
それは全部、あの女の温かさがしたことだった。



190816

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