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豊臣と徳川の和平は交渉の末に決まった。
彼女がそれを知ったらどう思うのだろうか。なんて、考えるのに、肝心のその彼女は戻ってきていない。


「筧さん…」
「すいません。もう戻らなくてはなりませんね」


真田丸から最後に市と別れた方向をみていれば、六実よりかけられた声にそう返す。
あの日突然現れたのは骸の兵だった。
初めて鬼火衆と対峙したときに、「グラシア」という女性らしき一人が従えていたものたち。
倒しても倒してもきりがない。十勇士そろって戦っているなかで、その一人がいないことに気がついた。


「甚八…!」


すいません。と一言言えばすぐに理解した彼が頷いてくれた。
だから走り出したのだ。夜が空けるまで耐えればいい。日の出の刻が来ればこちらのものだ。
だから、彼女のもとへと。


“必ず戻る”


日の出に、そういって笑ったのだ。きっと敵が日の出に撤退すると彼女は知っていた。少なからず手傷を負っていればすぐに動くのは難しかったんだろう。だから、その言葉を信じたのだ。
信じたのに、これだ。


「っ」

六実が去り、空っぽの隣。香る消炎のにおいはない。長くはためく桜色も、美しい彼女の炎もない。早く戻ってきなさい。あなたのいない隣はひどく寒い。








彼女が目を覚ました場所は、牢というには整えられた場所だった。
輪を回した後遺症で、完全に音が聞こえない。
ならばと少しでもと、体を起こして周囲を見回す。自分はいったい何をしていたのか、なぜここにいるのか、ここは、どこかと、いろいろ考えるが、なにもする気にはなれなかった。

情報がほしい、そう思って気持ちを落ち着かせていけばだんだんと音が戻ってくる。それにまたそろりと目を開ければ、牢の鉄格子の奥に、その男がいた。


「目を覚ましたか、孫市。」
『…誰?』


牢の外からかけられる声に、ただ、市はそう返した。聞き覚えがある声だと思うのだが、敵か、見方か、ぴんとこない。
牢の鍵をはずし、平然となかに入ってきた彼ー白蓮ーは静かに市を見下ろすと、そのまま彼女の横に腰を下ろす。

「赤い」瞳で彼を見つめる市に「長い間ご苦労だったな」と彼はそのまま告げた。


「豊臣、真田への潜入。大義だった。」
『…潜入?』
「だが、最後に力を使いすぎて記憶が抜けてしまったらしい。今は休め。」
『…わたし。』


言葉を紡ごうとした市の瞳を、白蓮は静かにおおって、優しく布団に倒した。
再び暗闇へと暖かい場所へと戻されれば、消耗した体は嫌でも眠りに戻りたがる。


『わたし、は…』
「雑賀孫市。豊臣秀吉が息子、棄丸に仕えていた一家臣だ。」
『まごいち…』


ぼんやりとするなかで、言葉だけは耳にいれた。
少しずつ少しずつ遠退いていく意識に考える。

自分が何者であるか、何をしていたのか、これからなにをするべきなのか。




なにをしなければいけなかったのか。
誰かと交わした約束が、思い出せない


190215

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