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その場所に至るまで多くの裏柳生を始末した。たとえ姿が見えなくとも、わずかな音を聞き分けてひたすらに急所を撃ち落としていった。
その音が近づいてくればすぐにわかる。たとえ足音がしなくとも、たとえどれだけ無音であろうとも、息を殺そうとも。

ヒトとして、生きるための心の臓の鼓動ははっきりと市にはきこえるのだ。
だからこそ、屍を転がしたまま、彼らの敵になるものを減らすために走り、鉄の弾で命を散らした。



たどり着いたその場所で見たのは、大きなクレーターだった。人知を超えたその場所の有様に、市は静かに口元の布を引き上げる。さらさらと手元から種をまきながら、周辺を警戒するように耳を澄ませ足を動かした。

先ほど爆音がしたのはここで間違いない。いったい何がここであったのかと原因を探るのであれば本当に一人でかまわなかった。

真田丸に近くとも遠からずのこの場所は間違いなく信繁を狙ったものととってもいい。それとも「誰か」をおびき寄せる罠か。
彼らが手にしたいのは間違いなく六実のはずだ。


『(10…いえ援軍を考えるなら…もっとかしら…)』


すでに隠す気すらないのだろう。その足音に、銃弾を再度装填する。両手に持つ分、装填の時間は遅い。けれど、今ならば、そんなことは関係なく。


『数だけそろえるのはご立派ね。一人の女にどれだけの多勢に無勢かしら。』


いや、きっと女が一人ここまで出てくるとは思わなかっただろう。そのために佐助をあの場所に足止めさせたのだ。
きっと皆が一度は真田丸に集まると踏んで、真田丸で信繁を護ってくれればそれでいいと。あきらめてはいない。己には、己の寿命を削って生きる術がある。怖くは、無い。


「たった一人の女に何ができる。我らの仲間を殺戮したお前には、死ぬよりも屈辱を味合わせてやる。」
『あら、慰み者にする気?残念ね。あなたたちは私の体の味を知ることなく死ぬのよ』


銃弾を地面に打ち込んだ。銃声ひとつ。手に熱がこもってちりばめた種が炎を芽吹かせる。自分の背後に登る炎の壁に、市は口元を吊り上げる。これで、自分が死なねば、真田丸へはこの場所にいる敵はいけない。


『業火に灼かれて、死になさい。』


地を蹴った。それは敵方もだ。飛び道具を使うのは自分だけじゃない。それはわかっている。だからこそ狙うのは己と同じ中距離だ。先につぶしていて損は無い。



弾丸を撃ち込み、敵の刀を奪い、切りつけ、棄てて、
わかっている。無謀だということも、おろかだということも、それでも、


『っはは』


小さく笑ってしまったのは、すでに体中が痛いからだ。足を動かすのも、刀を地面から引き抜くのも、銃を構えることも、痛い。


「化け物が・・・っ」


聞こえてきた、その言葉にまた口元を吊り上げる。そうだと言葉にするにはのどが痛い。
袖からこぼす種はおのれらの回りをおおいつくし、早速逃げ道などない。呼吸が苦しくなってくるのは、おそらくそのためだ。それは敵方も同じだろう。それでも、利はこちらにある。

口元を吊り上げて、笑う。
すでに着物は血まみれだ。それは、敵も、己のものも。

あぁ、きっと怒られてしまう。…誰にだろう。けれど、とても大切なヒトだ。

そのヒトの居場所を護るために、「私」は戦っている。


「っ市!!!」


響いた声に、はじかれるように市は炎の先を見た。思ったよりも自分は動き回っていたらしい。護らねばならない真田丸の方を敵の背後にしていた。炎が円となり、方角がわからなくなっていたから、敵ですら向かうほうを知らなかったか。それとも、市すら殺せず帰れるかと意地を張っていたのか。


『じゅう、ぞう…?』


炎の先で、金色がゆれている。
驚いたようにこちらを見ている。どうしてここにという疑問よりも、ふさぎこんでいた何かがあふれ出して、ぶわりと涙が溢れ出した。すぐに、炎によって蒸発し、涙としての形はなさないまま。


「何をしているんです!!早く逃げなさい!!」


彼の銃弾が、弱りきった敵を打ち抜き、己たちの間には炎の壁だけがある。まるで彼岸の川のように、


「市!!!」


あぁ、彼は気がついていない。ならば、大丈夫だと、笑った。目を見開いた十蔵に、精一杯、笑う。彼が撃ちとった敵が自分が戦っていた敵の最後だった。ならば後は、炎が自然と消えるのを待てばいいだけだ。


『信繁様を守りなさい!!!!!!!私もすぐに追いつくわ!!!!』


どうして、彼がここに来たのかは、わからない。けれど、ここに彼を残しておくわけにはいかないのだ。


「っあなたは馬鹿ですか!!」
『ひどいいいよう!私は大丈夫だから、信繁様が心配するわ。炎が静まったら帰るからっそれまで待っていて頂戴!』


間違いは何一つ言っていない。炎の熱によって生まれた蜃気楼がきっと自分の怪我もうまく隠してくれているだろう。ならば、気がつかれないうちに、早く、この場から去ってくれと


「必ず、ですよ」
『うそはつかないわ。また、日の出に』


彼が身を翻した。
きっと、闘いの隙間を縫ってこっちに来たに違いない。彼にとって一番は信繁だ。そう、自分が愛したヒトは、自分が守りたいヒトが一番だった。だから、自分が愛したヒトが守りたいヒトを守りたいと、そう思った。

その後ろ姿を見ながら、自然に体が下に落ちた。かすんで見えなくなっていくその背が、ひどくまぶしいように見えて、口元に笑みが浮かぶ。

そう、まっすぐ、過去(私)をおいていけばいい。






「随分とがんばっていたらしいな」
『…またあったわね。色男さん。』


栗色の髪をなびかせた白蓮の姿を視界に捕らえて、袖口に隠した針手裏剣を手に忍ばせた。誰にも怪我はさせない。かけさせることもない。


「お前に用があったのでな、面倒な男をおまえ自身が追い払ってくれて助かった」
『あら、あなたたちの目的はお嬢ちゃんだとおもっていたけど、』
「あの小娘もそのうち手に入れるが、その前にお前は俺の同胞だからな。迦具土。」


まるで何もかもを見透かしたように白蓮は告げる。市ですら、違和感はあったのだ。
白蓮という男に会ったのは、つい最近のはずなのにもかかわらず、彼はまるで市のことを知ったような口を利く。特に迦具土というのは市が母から聞いた神の市であり、豊臣にいたものであれば多少は知っているかもしれないが、真田のものでなくては彼女がその神を大切にしていると知るはずもない。

たとえ、徳川側に彼女が父のように慕っていたその男がいようと、


『言ったでしょう。私は迦具土さまのような炎の神じゃないわ』 


袖を振り彼に針手裏剣を投げつける。そのまま駆け出した。刀の間合いに入らなければ問題はない。今ならば倒れた裏柳生たちの武器がごろごろと転がっている。中距離ならば己の範囲だ。


「あぁ、そうだな。だが、実際お前は母親の胎を焼いて生まれたことに代わりは無い。」
『それは迦具土さまの伝説よ。私の母さまは、』
「お前を生んで、幾年もたたずして死んだだろう?」


まるで、すべてを知っているというように。口をつぐむ市に、哀れむように笑い「何も知らないのはお前だけだ」と白蓮は告げる。


『何も知らなくて、結構。私は私。私のことは一番、私が知ってる。』


そこまで言って、市の中に入るすべての音が消えた。先ほどまでうるさいほどに聞こえていた空気の音もすべて空虚にすべてのものを遮断する。その代わりに、何を手にするか。それは、決めていた。
もう、随分前からわかっていたのだ。この力の使い道など。


『あっきにひとのことばはひつようない。』


銃声ひとつ。ぶわりと熱気に当てられて市の髪がゆれる。そのまままっすぐ地を蹴った。


「仕える相手を間違えるから無駄に命を削る羽目になったことに気がつきもしないか。」


市の銃弾を剣で跳ね、彼もまた長い髪をなびかせて不適に笑む
けれど市からすれば、彼が何を言おうが一切関係ない。今、己がするべきことは、「日の出」までこの目の前にいる男を真田丸に近づけず、己の力で、殺せるならば、殺して、帰りたいと。


「哀れだな、お前が同じように生み出された同胞だとは思いたくも無い」


すでに、市の口から言葉は漏れない。空気が抜けるその音だけが彼女が発すオト
業火の熱さを、市はすでに感じてすらいない。むしろ、暖かいと思うのが間違いだと、本人は気がついている。

残りの弾丸をすべて撃ち込んだがその軌道はすべて読まれているならば、市が次に手をかけるのは背にしまいこんだ仕込み棍だ。引き抜いて、振り下ろす。
少しだけこちらのほうが範囲が広いが、それでも


「ぬるい軌道だ。」


鉄のぶつかる音と同時に、市の体がゆらいだ。ひざにうまく力が入らなければそのまま地面に投げ出される。ひゅぅっとのどがなって、飛んでいた痛みがぶりかえしたが、近づかれるまえに、武器を支えに立ち上がる。
半ば、意地だ。日の出まで持てば、いい。
髪が炎の色に変わっていることなど、本人は気がついていない。

ただ、そこにいるのは、命を賭けた一人の女だ。
一歩、二歩と足を前に出して、振り上げてーーーーー






舞ったのは、なんだったのか。



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