3

望月という苗字はよく聞いた名だった。
彼女はかつて、この屋敷に、しいては先代に仕えていた望月六郎の娘であり、そして佐助の師匠である戸沢白雲斎の弟子である。


「私は、信繁様や他のみなさんのお力になるようにと言われて、此処に来ました。徳川方や、裏柳生は私の父の仇でもあります!役に立てるならなんでもします!お願いします!ここにおいてください!」


彼女が吐露した感情は必死だった。目を細めてしまうほど、必死だった。それ以上に、恐ろしい感情が市の中を渦巻いて仕方なかった。

佐助の評価から始まり、次々と下される彼女の評価はかわいそうだと思うほど。彼女が否定したくノ一としての色気はない、戦もほとんど経験はない。気を読めますと切実に申し出たが、気配ならば忍として読めて当然だと佐助に蹴られた。

けれど、戦いならば実践は積んでいても、使いきれないのであれば、また、それは自分も同じだと、思わざるを得ないのは…


結局、一晩だけ彼女を泊めるということで結論がでた。
裏柳生に顔を見られているかもしれないという小助や青海の言葉を案じてだ。


『そしたら掃除も面倒でしょうし、私の部屋を使っていいわよ?』


だから彼等に提案してしまったのは仕方がないのだろう。
にこりと笑って告げた市に「え、でも」と口ごもる六実を視線で静止して、十蔵へとそのまま視線を投げた。


『十蔵、案内するなら私の部屋にしてあげて。部屋のもの好きに使って良いから、女の子だもの、大きさはあわないかも知れないけれど部屋の襖にあるたたんである浴衣は好きにつかって?』


ある種の逃げだった。
市の提案に、一番に怪訝そうな顔をしたのは十蔵だったがため息を付くと「後で話があります」と耳打ちして六実と佐助を連れて部屋を出た。


「いいんですか、市。」
『何が?』
「あぁ、驚いた。お前、厄介ごとは嫌いじゃなかったのか?」
『えぇ、嫌いよ?』


部屋を退出して市と青海、それから小助だけが取り残されれば二人は市に驚いたように視線を向けていた。
こてりと小首をかしげる市だが『だって望月さんの娘だもの、』と寂しげに目を細めているのを見て二人は口をつぐんだ。


『さて、お開きにしましょ!また明日』









記憶の中に残るのだ。
驚いたように目を見開きながら赤を散らせたあの人と、彼女を見ていた彼が。
だから、あの瞳の色は、苦手だ。


「何のつもりですか、市」


さわさわと風が流れる中でそれを感じていた彼女の元に、十蔵はやってきた。先ほどの話の続きを、ということらしい。視線だけ彼に向けて、また前に戻す。


『せいぜい、罪滅ぼしよ。』
「…あれは」
『手を下したのは私。十蔵はなにも悪くないでしょ?それで良いって何回も言ったじゃない。』


結んでいない長い髪が風に攫われる、とろりとそのまま闇に溶けてしまいそうな後姿を、静かに十蔵は抱きしめた。
暖かいその人肌の体温に、そのまま視界を閉じる。


『女を信用してないくせに、優しくするのだけは上手ね、十蔵。』
「…貴女は、幼馴染ですからね。」
『…そうね。幼馴染ね。』


あぁ、そうしてまた嘘をつく。

心の中でくすぶっているともしびの意味をまだ知らないからこそ、その言葉が静かに市の心をやいた。





暗い世界で幼子が泣いている。


ーーーー

/
もどる
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -