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「真田十勇士」
その名を聞いたとき、あぁ、これがあの人が言っていた「10人」の意味だと市はしっかりと理解した。大阪城の主である豊臣秀頼が真田丸に訪れ10人の真田忍たちをみてつけた名。
信頼された者たちの名称。

別によかったのだ、数えられなくとも。もともと、自分は「鴉」と呼ばれた人間であり、忍という彼らのうちではない。
だから、これでいいのだと首を振った。

それと、もうひとつ。眠っては思い出しを繰り返しているうちに、感情だけがそがれていくように気がついた。
忘れたくないと反抗する心はどうやら感情だけを殺しにかかっているらしい。まったく持ってよくできている。

甚八という協力者のおかげで今はまだ平気だが、それでも極力は眠りたくないと思うのはせめてもの抵抗だった。


「市さん、大丈夫か?」
『うん?私変かしら?』
「いや、変じゃねぇけど・・・顔、真っ白だぜ?」
『・・・きっと最近日中外に出ていないからよ。』


鎌之介に言われて市は彼を安心させるために笑った。
今この場に十蔵はいないらしい。それはひどくありがたいことだったが同時に複雑な思いにもさせられる。
女とはこんなに難儀なものだったか、それとも、命の危険にさらされたからこそ、そばにいたいという欲求が跳ね上がったのかそれはわからないが、自分のことで、誰かを不安にさせてはいけない。だからこそ、大丈夫だと伝えるために立ち上がり、顔を上げたのだ。

けれど、目の前が暗くなる。
暗闇が迫ってくるのに、市は抵抗できなかった。体が重力に従い傾いていく、

−−あぁ、倒れる。

ぼんやりとおもったのだが、体がついていかない。今、眠ったらいけない。
昨日、甚八に言われるまで彼の存在すら思い出せなかったのだ。ならば、次はどこまで自分はこの感情を失ってしまうのか・・彼の存在を心の中から消してしまうのか。
消したくない、消えてほしくない。


『(じゅう、ぞう。)』


知らぬ前に手が、日の光を月の光と見間違えた。






「市!!!」


体が引かれた。
瞬間かぎなれた硝煙のにおいに包まれ体の力が抜ける。日の光をさえぎるように彼の影が市を護った。


「っ鎌之介、何が!」


おそらく、今しがた来たのだろう。状況を把握するために鎌之介へと問い詰める。

そういえば昨日はあの後すぐに長屋に戻ったせいで十蔵とは朝話したきりだった。そのときですら体調を心配されていたにもかかわらず、こうして倒れてしまうとは情けない。
けれど、状況をつかめていないのは鎌之介もいっしょだ。慌てる彼に十蔵の苛立ちが伝わってくる。

あまりにも近い距離に、彼の心音がうるさい。瞳を開けば必死な表情が見えて胸が痛くなる。


『じゅう、ぞう…?』


吐き出せたのはそんなかすれた声だった。けれどもそんな声でもすぐに彼は市に視線を向ける。まっすぐな、グレーの瞳が、ひどくまぶしいのだ。
そっと十蔵の肩に手を置いて、体制を整えて顔を見ないように、下を向いた。あまりその眼を見ていたくないと思ったのは、心が暴れるから。


『もう、大丈夫。平気よ。』
「そんな顔で平気なんて通用しません。前科があるでしょう。いったん薬師に診てもらいます。」
『本当に、平気なの。離して、お願い、信じて・・・っ』


手にうまく力が入らない。
いやな予感がする。これ以上、ここにいたら、いけない気がする。
早く、早く離れなければ


「っ信じてというならどうして私の目を見ない!」


顔が無理やり上げさせられた。瞬間、息を呑んだのは十蔵のほうだ。

市の瞳が、炎を宿している。
しかし視線がかち合った瞬間、悲鳴を上げたのは市の心のほうだ。
胸が痛い。怪我のないはずの右腕に引きちぎられるような痛みが走る。息がつまり、ひゅぅっと風が抜ける音が耳に届いた。

心臓が耳のすぐそばでなっている。警戒音が響いている。


『っ離して・・・!』


明らかな、拒絶。離れようとする市の右手を十蔵はしっかりとつかんで逃がさないようにしていた。
そもそも、日中に、こんなヒトの目のあるところで、ここまでの距離の近さをとったことはない。だからこそ、恐ろしくなった。

もしも、市が____だと、ばれたら、十蔵が・・・


「十蔵、お前らしくない。」


ふわりと。市の視界が暗くなる。ついで、聞こえてきた声に、体の力が抜けて、十蔵の腕の中に再び納まった。


「甚八・・・っこれはあなたには関係のない私と市の問題です。」
「比翼の鳥が聞いてあきれるな。信頼関係もなんもあったもんじゃねぇ。」


あぁ、本当に助けてくれるとは思わなかったのだ。昨日の今日でここまで体が弱るとは思いもしなかったからこそ。
ゆるりと瞳を開けば視界に入るのは甚八のはおり。その目をもう一度閉じて、深く呼吸をする。


『十蔵。』


静かだが、さっきよりもだいぶしっかりとした声が出たとほっとした。
彼女の声に、険悪な雰囲気が多少和らぐ。甚八の羽織を少しだけ下げて、しっかりと十蔵を見れば彼は静かに目を見開いた。


『心配をかけて、ごめんなさい。最近寝不足で体調が悪かったの。でも、あなたを心配させたくなかったし軽い貧血だと思うから、少し休んだら、本当に大丈夫、ごめんなさい。心配させてしまって。助けてくれて、ありがとう。でも薬師を呼ぶほどじゃないわ。暴れたのは少し、恥ずかしかっただけなの。』


先ほどよりもだいぶ落ち着いた声色に、十蔵は押し黙る。
そんな彼ににこりと微笑んで、「甚八、手を貸してくれる?」とすぐに彼女は甚八に手を伸ばした。市のその言葉に、手ではなく、十蔵の腕からそのまま市の体を軽々持ち上げてしまうあたり、あまりにも体に力が入っていないとばれたのだろう。
苦笑いをしてしまったのだが「ともかく日陰に行くか。」と甚八はそ知らぬ顔だった。


あぁ、けれどこれではだめだ。とそう思ったのだ。
こんなにも、ヒトに迷惑をかけてしまうのならば、手放してしまった方がいい、



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