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最近市の様子がおかしいと感じるようになったのはおそらく、腐れ縁が無自覚に彼女を大切にしているとわかっているからだ。
そしてそう思っているのは、己だけではないということにも感づいていた。
それはきっと張本人である市も気がついているだろう。

だからこそ、適切な距離を保ちながらすごしている。
追いかけたところでつかまらないとわかっているからこそ追いかけるのは六実や強硬手段にでる十蔵くらいだ。己も、少し遠くでみているぐらいだったのだが…


「・・・見張りか?」


だが、やはり引っかかることを抱えたままでいるのは性に合わない。そう思った甚八が見回りをしていれば偶然か必然か、真田丸の外・・・一番に敵との乱戦のあったその場所に、市はすわり、目を閉じていた。
よくよく見ればそれは耳を澄ませているようにも見えるが、最近長屋に戻っていないのを考えるとまるで眠っているようにすら見える。もともとよく単独行動をする女だ。そこに助けられるところもあったが、いかせん、最近はあまりに危うすぎる。


「市?」


まるで、死に場所を求めているようにさえ思うその行為に、より一層十蔵が目を光らせているのは、よくわかっていた。
声をかけても反応しなかった彼女に、静かに手を伸ばす。
眠っているのであれば、ちゃんとした寝床で寝ろと伝えるつもりだった。それだけのことだったのだ。
あと、少しで肩に手が触れる。

そう思った時、目の前の彼女が突然飛びずさった。いつもの速さの比ではない。

一言で表すのならば、手負いの獣。
距離が離れ、まっすぐに向けられる銃口と、そして殺気。
獲物を狙うがごとく、煌々とした瞳だが顔色が悪いのははっきりと見て取れ、眉間にしわを寄せてしまったのは反射だ。
数拍一方的ににらみつけられ、もう一度彼女の名を呼べば、ぱちりと一度彼女の瞳が瞬く。


「っえ、あ・・・っやだ甚八・・・?ごめんなさい。』


しっかりと彼の姿を確認した後、市はすぐに銃をしまった。そしてすぐに謝罪を述べるのを考えれば、正気になったということだろうが、それにしたって、注意力が低下している。


「なんだぁ?俺のこと奴さんだとおもったか?」
『少しぼーっとしていたのよ。甚八ももう少し大きな声で話しかけてほしいわ。』
「話しかけたが反応しなかったのはお前だぞ?最近ちゃんと寝てるのか?」


からかい半分で言った言葉に、市は思ったよりも驚いたようだ。そしてそのまま『ごめんなさい。私の注意不足だったわ』と視線が甚八から外れて外に逃げる。やはり、市自身が自分が多少おかしいことに気がついているということは理解できた。


「あんまりぼーっとしてるとまた十蔵にどやされるぞ。」
『・・・?信繁様や才蔵ちゃんじゃなくて?』
「十蔵に決まってるだろ。あいつはあいつなりにお前を心配してんだぞ。」
『うそよ。私、十蔵なんて人しらないもの。』


静寂。
次に驚かされたのは甚八のほうだった。
固まった彼に小首をかしげる市はいつものように見える。うそはついていない。本当に理解ができないといった顔をしているのは、重々承知できた。

信繁や才蔵の名が、そして己の名が出るということは仲間だという認識はあるのだろう。ならば・・・なぜ・・・。


「・・・市。九度山から大阪まで一緒に来た面子、いえるか。」


だから、確認だ。ただ、確認がしたくて、そう投げた。
怪訝そうな顔をして『失礼ね、覚えているわ』とそういってため息をついた。


『信繁様に才蔵ちゃん。鎌と佐助と小助。青海さんと伊佐。私と甚八とそれから六実ちゃん。六郎は大阪で合流したから違うわね。
・・・あら、でも・・・』


名を上げながら指を曲げて人数をかぞえていく。
そしてそのまま『10人じゃ・・・ないわ。』とこぼして少し考え込み、また、目を見開いた。考え込むように両手で頬に触れて息を詰めている。


「お前、十蔵と何かあったか。」


やはり、おかしいのだ。
自分の目測は誤っていなかった。追い詰めるわけではないが、「名」を出せばはじかれるように顔を上げた市は心底なきそうな顔をしている。


『っお願い、誰にも言わないで!』


間違いない。
これは、とんでもない爆弾だ。


『甚八、お願い、誰にも迷惑はかけないわ。だから、誰にも言わないでっ』
「お前」
「お願い、お願いよ、時が来たら、私は消えるから。だから今だけは見逃して」
「十蔵にもか・・・」
『っ十蔵なんてもってのほかよ!!これ以上、彼に重荷を負わせたくない!私のことで何かを抱える必要はないっ』


悲痛な叫び、悲願ににた。
飛びずさった分の距離を詰めながら、市が甚八の腕をつかんだ。
瞳がゆれ、新緑と赤を行き来している。色を濃くするのは、彼女の感情があまりにも安定していないからだ。


『お願い、私はもう、誰も苦しめたくないの・・・っ』


誰かのためにしか戦えず、自分の心を捨てるこの女は、どんなに自分が傷つこうと、笑うのだ。だからこそ、こんな風に弱った姿など見たことなかった。

ずるずると力の抜け座り込んでいく体にあわせて座ってやる。ぽたりと地面にしみができれば、すぐにそれは納得ができた。


「・・・あぁ、わかった。俺は黙っててやる。だがな、いいか。俺は共犯だ。あいつに隠し通したいっていうんなら俺を頼れ。」
『っ』
「お前、それで寝てないんだろう。その状態で戦に立たれても迷惑だ。寝てあいつのことを忘れるのが怖いなら、俺が思い出させてやる。お前はお前の体を大事にしろ。」


共犯。
それは昔に十蔵ともっと大きな罪を一緒に分け合った。
それすらも、忘れていた。どんどん記憶が消されていく、それも、十蔵に関してだけだ。


『っ私、忘れたくないの。苦しいの、ここが、痛くて痛くてたまらない・・・っ』
「・・お前、十蔵が特別だもんな」
『特別・・・っえぇ、えぇそうね。好きよ、あの人が好き。好きで、好きで、そばにいたいけど、あの人の何よりは信繁様だから・・・っ』


ぎゅぅっと自分の体を抱きしめて涙を流す女を、複雑な思いで甚八が見つめた。
戦と、主君と、腐れ縁と、いろんな思いで雁字搦めにされた戦の女だと、そう思ったのはきっと間違いじゃないだろう。

こんな時代じゃなかったら、この女はどんな生き様を生きていたのだろうかと




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