36

真田丸の攻防はやはり敵方に大打撃を与えたらしい。あの日から数日。微妙な距離を保ちながらのにらみ合いが続いていた。

そんな徳川の様子を見ながら愚痴をこぼしている鎌之介やそんな彼と話している甚八たちの姿を遠くに見ながら市は目を閉じて耳を済ませていた。
意識を集中させれば足音でさえ人物を特定できるようになったのはうまくこの能力が使いこなせはじめた証拠なのだろう。その代わり、気を抜けば音が一切聞き取れなくなったのは誤算だったが、逆に気を抜かなければそれで問題はない。
ひどく、疲れはするのだが、その分眠れば問題はない。だから、他の機能で意識が奪われないように、視界を捨てることにしている。


「市、」 
『なに、十蔵。』
「体は平気ですか。」
『えぇ、問題ないわ。』


そうしていればすぐ近くにいた十蔵に声をかけられた。
目を開いて彼を見上げればここ数日見る不機嫌な表情のまま市に問いかけていて、彼女がそう返しても、あまり納得はしていないようだった。


「本当に、ですか?」


再度、聞かれるその言葉に、市はため息をつく。ちらりと信繁の方を見たのだが彼もまた六実と話していて手を貸してはくれなさそうだ。
ここは一人でうまくかわすしかないのだろう。


『あら、あそこまで動けるようになった私が本調子じゃないとでも思うの?』
「・・・いえ、そうは言っていません。ですが」
『十蔵は何も心配しなくていいって、言ったでしょう?』


変わらない関係だ。けれど、より一線を引かれるように感じるのはおそらく間違いではない。
少し前まで新緑を灯してたその瞳が時折炎のような紅に変わる。光の加減かと思いはしたが、まさか反対色にまで変色はしない。
彼女が言った「化けた」とはつまりはそういうことなのだろうと十条の直感が告げる。同時に、それが良くないということも。


『大丈夫、真田は護るわ。』


十蔵から視線をはずして、ただまっすぐと空を見上げて市は告げる、それは誓いにもにた言葉なのだが、まるで死を覚悟した言葉のように十蔵は感じ、口を開く。


「えぇ、生きて、護ってください」
『随分と無茶なことを言うのね。』
「今まであなたに求めていたのは、生きてほしいという願いだけですよ。」
『あら、そう。』


告げられた言葉に、市の瞳が寂しそうに細められる、
その瞳の色が新緑を取り戻せば、市は顔を上げて高い位置にいる彼を見上げて笑みを作った。


『じゃあ、こんな化け物の私を、十蔵はもらってくれる?』


それは、いったいどういう意味か。一瞬思考が固まり、十蔵は静かに目を見開いた。
その反応を予想できていたからこそ、市は楽しそうに『冗談よ。護る対象にそんなこと押し付けないわ』とそういって歩き出した。


とくとくと、静かに心臓が早く鉦を打っている。それを他人事のように感じながら、向かう先は長屋でもどこでもない。
ここに居たくないのだ。そう思って足を速めた。


ひどく、居心地が悪い。







転寝をしようにも、場所がない。
それは心底仕方がないことなのだが、気が抜けないというのもまた悲しい話だ。
それが戦乱というのならばまた仕方がない。今は戦中だ、それでも長年のそれはからだから抜けきらない。

当てられた長屋ではなく、初日、こっそりと外に宿を取ったその場所に頼んで金銭を払い、とめてもらった。
先の戦でこの付近の兵士たちに、特徴的な髪のことは知られていて、相変わらず「鴉」という名が一人歩きをしているのだが、そのおかげでまたとめてもらえたのだからよしとしよう。
そんなこんなで転寝をしていたのだが、目を覚ましたらもう夜だった。

随分と長く眠ってしまったものだとそう思いながらしわにならないように脱いでいた羽織を羽織った


『早く戻らないと、どやされるわね・・・』


誰に・・・?


とそこまで考えて、手が止まる。静かに目を見開いてしまった。
いったい、誰にどやされるというのだろうか。信繁か?それとも、甚八か・・・?
いや、違う。もっとそばにいて、背を預けられる、大切な・・・


『・・・うそ・・・』


顔を上げて、月が視界に入れば、その色と同じ彼の色を思い出す。
何が、どうして、

頭の中が混乱した。
仲間、だ。仲間で間違いはないのだ。
でも、それ以上に、


『っ私、どうして・・・』


心臓が。握りつぶされるようだ切ない、悲しい、苦しい、月がにじんで、晴れて、にじんだ。


『・・・人知を超えた力は、私から想いを奪うのね・・・っ』


輪を回して以降、耳はよくなった。時より、音を失うが、それは特に問題はない。けれど、昼間、どうして十蔵にあの言葉を投げたのか自分では理解できなかったのだ。彼は、自分をそういう目では見てくれない。
わかっていたはずなのに、その言葉を投げた。


『・・・大丈夫、大丈夫よ、今、痛いだけだもの・・・っ』


あの時死んだはずだったのだから、これは仕方のないことなのだ



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