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隠密はお手の物だ。
いや、きっとこれは・・・


『(聞こえる・・)』


本来だったらヒトの耳では聞き取れないだろうその距離で市は静かに信繁たちの会議を聴いていた。
体の痛みももうない。そして、気がついてしまったもうひとつのこともある。だからこそ、問題なくはせ参じようと思うのだがまた箱詰めにされてはたまらない。
自分で情報を集め、そして追い返されないところで出て行ってしまえば誰も自分は止められない。
そうしたら、自分の勝ちだ。



−−茶臼山に、徳川家康の旗印があがった。


佐助の声だ。ふぅっと息を吐いて音に神経を尖らせる。
その佐助の声に鎌之介の驚いた声が聞こえたが青海がそれを沈めていた


−−家康がくるって言うのは前々からつかんでいた情報だしな。
−−そ、それはそうだけどよ・・
−−もう何年も前から想定していた戦だ。家康や徳川方の連中がどう動くかも、大体想像がつく。


才蔵の指摘にどもる鎌之介だが、その場に一区切りをかけるのはやはり信繁だった。
彼はずっと言ってた、真田と徳川は犬猿であり、いつかまたぶつかる。
そして、このときを、彼の父である昌幸もずっと心待ちにしていたのだ。

静かに頭の中で地図を組み立てる。城を背に、真田丸は堀の外に陣を組んでいる。目の前は篠山。茶臼山はその篠山を超え、やや南西に位置している場所だ。
真田丸からはやや遠いし、何より篠山を超えた先は間違いなく敵の戦地だろう。
単機特攻なんぞ、死に直結する


−−おそらく連中は、明朝、攻撃を仕掛けてくるだろう。俺たちはその先手を打って、敵が仕掛けてくる前にこちらえとおびき寄せる。
−−なぜですか?攻めてくることがわかっているなら、備えて向かえ撃つほうがいいのでは・・・
−−お前は市とは間反対だな。


信繁の言葉に、疑問を投げつけたのは六実だった。
名を呼ばれたことにゆるりと市は開眼する。たった一人、軍議にも参加せず、本来ならばいなければならない病床にもいない自分はずいぶんと単独行動が好きな人間なのだ。
あの男と、大して変わらない。それでも誰かを守れるならそれでいいと思う。

ともかくとまた耳に神経を向ければ今度は誰がどこにつくかの話らしい


−−佐助、お前には篠山で敵軍を真田丸までおびき寄せてもらう
−−わかりました
−−鎌之介、お前は鴫野方面だ。
−−おう、任せてくれって!
−−才蔵、お前は西側で敵側の動きを監視してくれ
−−俺に敵の首を取る機会を与えんつもりか?影働きは趣味じゃない
−−今回だけは辛抱してくれ、こういう役割はお前が一番適任なんだ。


それぞれの割り振りを聞きながら、ふむ、と市は考える。
どこに行けば、一番自分が動けるかと考えると十蔵のそばなのだが、まずは見晴らしがいい場所で戦況を確認しつつ動ければいい。
真田丸は彼の城。
何人たりとも汚すわけには行かないのだ。


『(とりあえず・・・向かうとしたら大阪城の御殿の上かしら・・・あそこだったら見晴らしもいいし忍くらしかこないもの・・)』


雄たけびが聞こえるのを背中に受けながら、また病人の振りをしなければと市は肩にかけていた羽織を手繰り寄せた。
足音を消して、懐の武器に触れる。すでに片割れになってしまった、己の武器。

それをどう補うかも考えねばと、静かに息を吐いた。
もう一つ、用意しなければいけないものもあるなと、持ってきたいくつかの荷物を想像しながら、自分が本来いるべき場所を目指す。

少しでも、彼らが有利に動けますようにと、


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