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体中が痛い。ひどく、寒くて、眠くて、凍えてしまいそうだ。
これは冬だからだろうか。

あぁ、けれど眠ることは赦さない。それは、彼との約束なのだから。


「市さん。しっかりしてくださいっ」


そんな彼女の横で、六実が声をかける。傷口を圧迫しながら、懸命に。けれど初めて目の前で息を引き取ったあの兵士よりも重症であることは明らかであり、それこそ、助からないと・・・そう思わざるをえなかった。
とまることのないその命の液体に、代えの布を六郎が取りにいってどれぐらいたったか。


「あなたは、死んではいけないんですっ」


脳裏に浮かぶのは、十蔵が六実に告げた言葉とそのときの表情だった。
本当は、そばにいたかったに違いないと、そう思うのに。


『私は、しんでもいい人間よ。』
「っそんなことありません!あなたに生きてほしいと願う人はたくさんいます!!」


掠れながらも吐き出したことにすぐに返された言葉。苦笑いをしてしまう。
自分はもっともその言葉を言われるに値しない人間だ。それをわかっているからこそ、


「筧さんだって!」


けれど。
その名を聞いて、ゆっくりと市の瞳が開いた。この場にいない、その男の名前。口の中の鉄の味が、ひどく、気持ち悪いとそう思いながらも、口元に笑みを浮かべてしまうのは、きっと、その男が一番己の死を望んでいるということを、知っているからだ。


『・・・ねぇ、六実ちゃん・・・』


死んでしまいたいと何度も思ったことはあった。けれど、これからの戦いを前に、信繁を本当に守らねばならないときに、死ぬわけにはいかないと・・・そう思えるようになったのも、また彼のおかげだと・・・


『もしも、巌流の時のように・・・あの、風車に手を加えたら、これは、なおるかしら・・・・』
「かざぐるま・・・?輪のことですか?」
『りん・・・そうね、りんを・・・まわしたら・・・』


頭に浮かんだのはそのことだった。
突然市の口からでたその言葉に、戸惑いを隠せない六実だったが、巌流の時のようにと言われて思い出すのは、かの剣豪の輪をとめようとして彼の動きが鈍ったことだ。
それを、逆にやるとするならば、それは


「っでも、どうなるかなんて、わからなくて・・・っ」


不安しかない。
彼は死人だったからこそ敵だったからこそ、あの手を使おうと思ったが、市は生きている味方だ。
もしも、失敗したら、もしも、彼女を救うことができなかったら・・・


『大丈夫。もし、失敗しても、誰もあなたを責めることはないわ。六郎が、私の傷の具合も、みてる・・・普通なら、血を流しすぎて、しんでしまう、量よ。』


やわらかく、市は笑った。それに驚いて目を開くのは六実の方で、きゅっと唇を引き締める。もしも、この力が何かの役に立つのならば、そう考えて、己の手のうちに気を念じる。

そうすれば、市の胸元に、弱く、遅く、不規則に回る市の輪が見える。それこそ風前のともし火というに近い、今にもとまってしまいそうな、その風車。


「っ失礼します。」


そっとその風車に手を当てて、回転を早めるように念をかけた。


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