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夜も更けた時間に少しあわただしい気配を感じて市は目を覚ました。
少し慌てたように走り回る足音は小助のものだろうと身体を起こせば丁度よく、部屋の外から気配を感じる。


「市、召集です。」
『わかったわ、皆?』
「はい、後程」


その声の主はタンタンとそう告げるとそのまま次のところへ向かったらしい。
小さく笑ってから、着ていた浴衣をはらりと落とす。そのままいつもの装束に身を通して髪はそのままに部屋を出た。集会として当てられるのは、大広間だ。そこに彼女が到着する頃には屋敷に居るほとんどが集っていた。


「夜分すまねぇな。」
『いいえ、信繁様のお呼びならば、』


その部屋の上座に位置する信繁が市へと声をかける。フルフルと首を横に振って部屋の下座に位置する場所に座っている少女へと視線を向ければ、彼女もこちらを見ていたのかはたりと視線がかみ合った。


『こんな真夜中にこんな可愛らしいお客様なんて、信繁様、村でどんな行動をなさったんです?』
「お前は阿呆か。いいから座れ、説明は佐助が戻ってくるまでお預けだ。」
「はいはい、承知しました。」
「なにやら、込み入った事情がありそうですな。楽しみに待たせてもらいましょうかの」


微笑みをこぼしながら冗談交じりで言った言葉だったのだが彼は呆れたように着席を促した。信繁の右側に座る十蔵の隣に市は着席をする。それにあわせて小助と青海も定位置に着席した。


「お前は、…その部屋の真ん中に座れ。」
「・・・はい」


そんな三人が着席するのを見て、次に部屋の隅に居た少女に声をかける。不安そうな声でそれに返事をした少女は言われるがままに、隅から真ん中のほうへと静かによってきて腰を下ろした。

見たところ、まだ若い。それこそ少女、というには丁度良いかもしれない。まだ15、16だろうか。
甘栗色の髪を切りそろえ。右側の横毛に飾りをつけている。後ろで髪を結い上げてるがそれを飾るのは花の髪飾りだ。じっと少女を見つめている市をみて、「先に、此処に居る奴等の自己紹介を済ませておくか。」と信繁は告げた。


「最初に…改めて言っておく。俺が真田信繁。この屋敷の主だ。」
「…よろしくお願いします。」


あぁ、完全に気後れしてしまっている。
そう感じたのは市だけではないはずだ。確かに、この時間帯に男衆に囲まれてしまえば少女は気後れしてしまうだろう。


「筧十蔵と申します。信繁様のお目付け役を務めています。」
「三好青海入道じゃ、信繁様の相談役というか、呑み仲間というか…そんな立場ですな」
「穴山小助です。この真田家の家老…といっていいんでしょうかね。家事や雑用全般、お金の管理なんかをさせてもらっています。」


さらさらと十蔵から名を上げて行く。
そのままにこにこと場を見守っていれば「貴女の番ですよ、」と十蔵に苦笑いをされた。


『あら、私も?』
「当たり前だ」
『ふふ、失礼しました。 市と申します。主に皆様のお手伝いをさせていただいてる形です。信繁様とは昔なじみね。もう少し気を抜いても大丈夫よ。誰もあなたをとって食おうなんて思ってないのだから。』


こてりと小首を傾げれば市の長い髪が床を擦った。呆れたように是という信繁にまた笑うと、少女に向かってそう微笑む。
信繁から始まり、十蔵、青海、小助、市と視線が移ると、静かに少女は目を閉じて、また、目を開く。


「皆様のお名前は、父上や爺様−−戸沢白雲斎様からよく伺っていました。」


少女らしい声だと市は思った。
けれど、薄ら、感じていた近視感はやはり的中してしまったのだと、頭の中に残る残像を無理やり消しこむ。


「父上や戸沢白雲斎様?ということは、あなたは−−」


それに気がついたのは、市だけではなかったらしい。
十蔵は静かに息を飲む。


−−−そのときだった。


襖を開ける音。
それと同時に「猿飛佐助、ただいま戻りました」と一人の青年が部屋に入ってくる。
色の少し抜けたふわりとしたくせっけに緑の衣を纏った紫目の青年は静かに幸村の前へとやってきて膝をついた。


「おう、どうだった?さっきの奴等は」
「…思った以上の手練れで…残念ながら、取り逃がしました。」
「そうか。まぁ深追いは禁物だな。連中。一体どこのものだ」


そのまま、佐助は告げる。緊迫感に似た何かが部屋を支配した。己は把握していないが、この少女のことといい、おそらく「何か」があったのだろう。
そして森を一番に知る佐助がその任についたわけだ。


「確証はありませんが…おそらく、裏柳生の手の者かと。」


慎重な口ぶりで言った佐助の言葉にその場に居た全員が静かに考えを張り巡らせた。
一番に反応したのは、少女だったのだが、


−−裏柳生。
それは徳川が使っているという隠密であり、今現在真田を監視している忍、のようなものだ。
闇に紛れ、徳川天下に不都合な人間を始末している暗殺集団。
元々、柳生からの派生だというのは周知していることだ。


「連中がこの山に来た目的…佐助、お前はなんだと思う。」
「大殿がなくなったのが真なのかを、墓を暴いて確かめようとしたのでは、と」
『あら、まだあのタヌキ、三年たった今でも先代さまが亡くなったことを疑っているの?』


佐助に当てられた質問。それに答えた彼に、市は呆れたように言った。
タヌキ。それは字だ。隠語だが、さらりとそういえば青海が「こら市、口が悪くなっておるぞ」とたしなめた。


「しかも、大殿を暗殺したのは十中八九。裏柳生の手の者なんでしょう?自分達が殺した相手の生き死にをわざわざ確かめに来るというのも不可解です。」
「他に何か目的があるか。」
「確証はありませんが、」
「十蔵、」


警戒にあたり、人手が払ったところを裏柳生が病床に伏せっている大殿…先代を暗殺したのは彼等が一番知っていることだ。言葉をつづけようとした十蔵を遮ったのはまたしても青海だ。


「お前は必要のないことをあれこれ考え過ぎじゃぞ。そういうのを杞憂というんじゃ」
「考えすぎですと…?私は………。」
「それに忘れたかの? 大殿のご遺骨は分骨して、信之様の元へお送りしたはずじゃろう、そして残りはこの屋敷においてある。あの墓を掘っても、何も出てはくるまい。」


そう、墓を掘ってもそこはもぬけの殻だ。
骨は埋めてはいない。この屋敷のどこかに隠されている。だからこそ、墓を荒らされようが関係はないのだが、目の前の少女にはそれを知るよしもなかった。


「つまり連中は無駄足を踏まされたということじゃ。ですな、信繁様」
「あぁ、無粋な連中だぜ。死んだ後ぐらい、静かに眠らせてやれってんだ。」


元々、真田の領地は三方を勢力に囲まれ大変な土地だった。だからこそ、策を張り巡らしていたかの智将は戦のことにはよく頭が回ったが死してなお、巻き込まれることに信繁は苦々しい顔をしたのだろう。
そのまま佐助へと視線を戻し「佐助、聞いて欲しいことがあるからそこに座れ」と指示を出した。「わかりました」とそう言った佐助はそのまま市の横へと身体をずらそうとして、はたりと少女を見やった


「この娘は、さっきの…」
「あぁ、なんでも俺に用があるらしい。」
『やっぱり村で何か…』
「戸沢の爺の遣いで来たらしいから、戸隠の里の忍だろうと踏んでいるがな」


多少の驚きと、信繁の言葉。
茶化そうとした市の声にかぶせるように声を少し張ったのだが、「戸隠の里では、「まだ」くノ一をつかっているのか?」と佐助の表情が歪む。
けれど否と首を横に振ったのは少女の方だった。


「いえ、私はくノ一ではありません。忍の術は授けていただきましたが、くノ一がつかう術は教わりませんでした。」
「…そうか。」


少しだけ、肩の力が抜けたらしい佐助が、改めて市の横へと身体を滑らせた。一方、少しだけ気落ちしたらしい少女は下に視線を向ける。
市としても、彼女がくノ一ということはあまり考えていなかった。何より、表情が豊か過ぎる。忍としても、正直、感情を表に出しすぎだろうとすら思っていたほどだ。
それが、さらにヒトを欺き、女性として生きる職には染まりきれていないように思えた。


「…では全員そろったところで、改めて事情を聞かせてもらいましょうか。あなたは何者です?そしてここに来た目的は一体なんですか?」


会話は一区切りだ。本来の目的は何故少女がこの場所に着たか、ということにある。
十蔵の言葉に、きゅっと唇をかみ、「その前に、先ほどのご無礼を深くお詫び申し上げます」と少女は頭を下げた。すぐに信繁の言葉によって頭を上げさせられたのだが。


「私、望月六実(もちづきむつみ)と申します」



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