28
殲滅というに等しいのだろう。
死屍累々のなかでたっているのは背を合わせた二人だけだった。息も絶え絶えに倒れる敵を見下ろし銃をおろす。
いつの間にか死者を操っていた女は消えていた。
『はやく、もどって、十蔵。』
「戻るなら是が非でも連れ帰ります。」
『だめ 血を 流しすぎたわ。』
とんっと、背に感じるぬるさに十蔵は顔をしかめた。緊張がとけたのかそのままずり落ちる体を反転させ抱き上げれば桜色の羽織は随分と変色し、顔に血の気はすでにない。
空気のかすれるおとがわずかに聞こえ、翡翠の瞳は開いてはいるが焦点すらあっていなかった。
「死ぬのは赦しませんよ。なにか話してなさい」
止血をするにもちょうどいいものがない。せめてもと上着を脱ぎ熱を逃がさないように体に巻き付けた。
『ばか、ね、もど、たとこ、でたす、から、ないわ』
「犬死にさせるぐらいなら手をつくしますよ」
『っおい、てって、よ、じゅ、ぞ』
「嫌です」
腕のなか温度が失われていくのに足が早くなる。比較的ここは真田丸に近い。ただ、あのやからは真田丸を目指していた。仮に敵と対面するとしたら、十蔵は彼女を守りながら戦わねばならない。
それは等しく危険だ。足手まといになるくらいなら見捨ててほしかった。
「おとなしくしていなさい。足手まといになりたくないでしょう」
腕にちからをこめる。「あの日」と似ていると、思ってしまったのはきっと自分だけではない。
『みち、びき、ま、せ、ヤ た カラス われ、その、みち、び、きなる、ままに かぐつち さま、ととも、にあゆ、むもの、なり』
腕のなかで詞が聞こえる。彼女がいきるために意識を保とうと紡ぐ歌。それを聞きながら考える。彼女が言うとおり、自分は駆けつけるのが遅かった。出血は多くなにか臓物を傷つけていればまた話は変わってくる。
虚ろに歌を紡ぐ彼女に表情を崩したのは仕方ないのだろう。
だんだんと真田丸が見えてくる。
『 え、とさ げし、と のみは、たと、え、あ、きと ば けよ 。ど わが、 み、を、み、こ、がして か えたまえ。』
はじめて聞く節だと。そう思ってしまったのは仕方ない。
うっすらと目を開いてへらりとちからなく笑んだ
『じゅ、ぞ、わたし、がしん、だら、かぐつち、さまに、とどけ、てね。』
それは、諦めにもにた。
真田丸はすでに戦場だった。
信繁を含む佐助や才蔵、鎌之介が戦っている。そのなかには六実もいて、一番に気がつけば顔を真っ青にし二人のもとに駆けた。
「市さん!!!」
近づけばわかる。その命の灯火が。悲鳴にもにた六実の声に視線がむけば、驚愕が訪れる。だが、敵を前に動けなどしないのだ。
「六実さん。先にこの子の手当てを」
「っは、い!わかりました!」
そのなかでも十蔵は落ち着いていた。おちつきすぎているといわれるほど、落ち着いていた。実のそばに六郎もよればその惨状に口を紡ぐ。
「六郎。この子を殺さないでください。」
「でも。」
「絶対に、殺すな。」
助からないと。嫌でもわかるだろう。血の臭いが酷く濃い。忍であればそんなことわかるはずだ。
「手は、つくすよ」
その十蔵の腕から彼女を抱き上げて六郎は消える。
ついで、六実も彼女の治療に行こうと走り出そうとしたが十蔵に呼び止められた。
「あのこを、死なせないでください。頼みました」
「っはい」
それは切実にもにた。否という言葉は紡がなかった。紡げなかった。
今度こそ駆け出して六郎がいるであろう長屋に全速力で足を動かした。
足を動かしながら脳裏をよぎったのは彼女が大阪にたびだつあのよるに己に言った言葉だ。それをまこととするなら、彼女は悔いてなんていないのだ。
彼女はいっそ、望んでいるのではないかとすら思ってしまう。
でも、きっとそれはこんなところでこんな場所でじゃなく、戦場だと、そう信じたいのだ
贄とささげし、咎の身は、
たとえ、悪鬼と化けようと、
我、決して辞することなし。
いずれ業火に焼かれ朽ち逝けど、
どうか我が望み、
我が身を焦がして叶えたまえ。
耳元で言われたあの言葉はたしかに彼女が幸せを願いそのために自分を犠牲にするという詩だったから
ーーー
← / →
もどる