27

ひとつ、銃声。
それは目の前の少女を救い、その少女を背に引かせたまま市は現状を見た。

深い霧の中で、彼女が見た光景は息絶えて地面に転がる「仲間」の姿だった。
くらいよどんだ目はどこを見ているかわからない。赤い命を流しながら、その「男」の足元でころがっていた。


『なに・・・なんで・・』


自分が守るべきは、真田信繁だ。けれど彼が守りたいと思うものは等しく守るべき存在である。
だが、今、目の前に広がるその光景は、そんなことを許しはしない。命が、ない。


『っあなたが、やったの・・・』


男、白蓮に告ぐ。その声は殺意にまみれ、憎悪をにじませていた。


「っ市さん・・・」
『六実ちゃん。あなたの直感が鋭いことは認めるけど、単独行動は許されたことではないわ。』


市の後ろで、「何か」に動きを封じられていた六実が彼女を呼ぶ。
それをとがめながら短銃をまっすぐに敵方に向けて、一歩二歩と後退していくが、まさか一将たるその男が一人でいるということもないだろう。実際、彼の後ろには細みな鬼火衆といわれる一人がいる。


『走って。』
「っでも」
『私に、あなたほどの速さはない。あなたが守るのは私じゃない。信繁様と、真田丸よ。』


小声で、
否というその言葉に正論をたたきつける。そうすれば反論することができないのだろう押し黙った六実は、きゅっと唇をかんだ。
市のいうことはもっともなのだ。

ここは、これから戦う城が近い場所。なれば守らなければいけないのは、ただひとつ。


「絶対に、戻ってきますから。」
『よし、いい子。稼げて数秒よ、行きなさい。』


地面に、銃口を向けた。瞬間、銃声と、破裂音。仕掛けておいた炸裂弾を爆破させれば巨大な音と土煙に覆われる。ほんの一瞬ひるむだけでいい。それと同時に二人は逆の方へと地を蹴った。


「・・・・お前が来るとは思わなかったな」


煙の中を突き破り、市は一気に距離を詰める。その先にいたのは紛れもない白蓮だ。そのまま針手裏剣を飛ばしたが、それは彼を守るように立ちふさがった裏柳生がはじき返した。別にかまわない。今は彼女を逃がせればそれでいい。


『あら、ずいぶん私を知った口ね。どこかでお会いしました?おにーさん。』


煙を後ろに、右手を支えに左手でまっすぐ短銃を構えて市は不適に笑う。そうすれば白蓮も同じように口元を吊り上げて笑った。


「よもや、本来使える相手を見誤るとは、堕ちたな、迦具土。」
『私は、迦具土様のような炎の神じゃなくてよ』


連弾。彼女の銃がつかえるのは4発だ。そのすべてを刀ではじき返して彼の口はまた弧を描く。
けれどその前に弾を入れ替えて、地をけり、距離をとって、彼の周りをうろつく裏柳生をつぶしていく。別に殺さなくていい。
足を狙い、動けなくなればそれでいいのだ。
それをわかっているからこそ、クツクツとのどを鳴らして笑いながら、彼は市との距離を少しずつ詰めていく。彼の行動を読めていないほど市はおろかではない。
近づかれれば同時に離れていくが、いつの間にか囲まれたその状況で、周りから攻撃される裏柳生との距離を縮めるのは、痛い。早く、早く、どうにか策を練らねばと、弾切れを予想し、銃弾を捨てた。


「お前のせいであの娘が逃げてしまったな。仕置きをしなくては」


ほんの一瞬だ。ついで、鈍い音。弾を込めなおそうとした手が、止まって、そのまま目を開いた。


『・・・え?』


思ったよりも、距離が、近い。近くで何か落ちた音がした。熱を持った何かが飛んでいった。
いったい、今、なにが、おきて。


「なぁ、−−−−。」


ずぶりと。冷たい何かが体を貫く。冷たいと感じたのは、ほんの一瞬だ。ついでじくじくと熱を持ち出して、呼吸が苦しくなる。


『何を、言っているんだか、本当に、理解が、できないんだけ、ど!』


腕をふり、袖をなびかせる。だが、突き刺さったそれが抜かれることはなく、むしろその腕をとられて一歩。


『っぁああああああっ!!!!!』


絶叫。息ができずにかすれた音がのどから漏れる。
生理的な涙が視界をかすめ、ひざから崩れ落ちそうになるのにそれもかなわない。


「痛いか。」
『っは、そんなの。愚問、じゃないかしら、そんな、さしといて、よく、いうわ。おにーさん。』


ごぽりと口の中から赤があふれ落ちる。
引き抜かれないだけ、まだ、血があふれてないのだろう。ただ、隙間風が流れるようなその音が、ひどく、耳障りだ。

ただ、笑っていられるとは、思った。思ってしまった。
つかまれていない手で、彼の刀を握るその手をつかめば、さすがにおどろいたのか、彼は一瞬動きを止める。


『女は、こんなことで、よわね、はかないわ。』


彼女の桜色が、赤く染まっていく。それでも、市は笑っていた。きっと大丈夫だ。もう、六実は真田丸についたころだろう。もう、がんばらなくてもいい。彼女が間違いなく10人目。それでいい


『べつに、あなたをたおそうとか、、そんなこと、かんがえちゃ、いない』
「ほう?ならなんだ。ここで死んでもいいと思ったか」
『しぬ?ばかじゃないの、わたしは、しなないわ。やくそく、したもの。』


笑う。笑う。
きっと周りから見れば彼女はまさに狂っているといって過言ではなかっただろう。
肺か、なにか臓器を何かしら損傷しているにもかかわらず、彼女は、言の葉をつむぎ、笑みを浮かべる。


『わたしが、しぬときは、ごうかに、やかれる、ときよ。』









「市!!!」


銃声。瞬間引き抜かれた刀に動きを止められていた市はそのまま後ろへと飛びずさった。ただし、どくどくと栓を失った傷口からは血があふれ出し、着物を染めては足を流れ落ちていく。
地に膝をついたが、長い袖を乱雑にまとめ腹部の傷に押し当て太ももにしまいこんでいたもう一丁の銃を抜いて、また、構える。


『おそい、馬鹿。』


背あわせに、立つ。
まわりをぐるりと取り囲んだ裏柳生に表情を険しくさせたのは十蔵だった。背に感じる彼女の息遣いは、荒い。遠目から見た限り、いつもの着物が赤く変色していたのをはっきりと確認してしまっている。


「潮時か。」


白蓮が言った。
そのまま傍らにいる鬼火衆に目配せすれば、響いたのは、女の声。
地に伏せていた真田の家臣たちがゆらりと立ち上がれば裏柳生に混ざり、周囲を包囲した。


『っなんて、ひどい。』


それは命を踏みにじる行為だ。許されることじゃないことはわかっていた。だからといって、手を抜けばこちらがやられることはわかりきっていることだ。


「市、まだやれますか」
『…自信はないわ。でもやるしかないでしょう?』


二人で銃を構えた。十蔵の連弾総弾数は6。何度もなんども合わせた連携だ。違えることはなかった。
二人で羽ばたく故の比翼。互いを支え合うからこその、名称。


『使い物にならなくなったら、見捨ててね』
「飛べなくなるのはごめんですよ」


背には信頼を、手には誓いを、心に違いを。
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