22




天下の巨城。
そここそが、信繁たちが目指していた大坂城だった。ついて早々、真田勢の盛り上がりやそのたもろもろがあったが、しばらくの間は九度山、しいては信繁からはなれていた海野六郎-森のような新緑の緑の髪をもつ長身の青年-との合流により過去真田の家臣たちであった同士たちとも再会することができたのはうれしい誤算だった。ただ、市が信繁たちが戻ってきた後ふらりと消えたのを誰もとがめなかった。というわけではなかったが。




「市。変わらないね。」 
『六郎と最後に会ったのは、もう2年前だけれど、そんなにかわらない?』
「うん。僕の知ってる市のままだよ」


信繁と十蔵が、密書を届けさせた大野治長の下へ挨拶へいき、真田が二手に分かれれば残りの面子は六郎の案内で宿へと先に入っていた。もともと、六郎も十蔵と同じく小姓からの上がりで市との付き合いも長い。だからこそ「変わらない」といえ、十蔵と同じようにこうして話もできるのだろう。


『六郎も、息災でよかったわ。それにしても、女性人でひとつ使ってしまって本当にいいの?むしろ部屋を仕切って男1人ぐらいこっちで寝ても平気なはずよ。』
「信繁様の決定だから」
『・・・だったら六郎が一緒に寝る?そしたら佐助が静かにねられるわ。』
「僕に十蔵さんに怒られろっていってるの?」


つい信繁たちが戻ってくる前の先ほども部屋割りの件で少々もめたのだ。真田が使える長屋は3部屋。そのうち一部屋は女性人にと信繁から指定があったらしい。
ゆえに、残り二部屋に4人ずつ。となると少々手狭になる。
なら、と再度意見をしてみたがしれっと返されてしまう。ただ、そこに十蔵の名が出てくるのは少々不思議には思いつつ、『十蔵は、怒ると怖いものね。』と苦笑いをするしかなかった


『それにしても、佐助と才蔵ちゃん、鎌之介に青海さん。だなんて、よくもまぁ、あの三人が固まったわよね。』
「もう片方は僕と伊佐。甚八と穴山さんだからね。」


いろいろあった九度山からこの場所に来てまだ一日もたっていないはずなのに疲れたと感じてしまうのは仕方がいないのか。
ふぅっと息をはいて市は夜空を見上げる。


『正直…ここまで、落ちぶれてしまったとは思わなかったけど。』
「市は、篭城はやっぱりいや?」
『信繁様が否というなら否よ。でも、信繁様は信繁様の砦で私たちを使ってくれる。だったら私たちは精一杯それに答えて、彼がのぞむようにする。それだけでいいわ。』


記憶に新しいのは、信繁の策が却下されたと告げられた会議からだ。豊臣方の作戦は篭城。けれど、出城を作りそこで自由に戦うと決められたことは大きなことだろう。
ぶわりと空っ風が吹く。そしてそれは市と六郎の髪を揺らした。


「・・・さっきの撤回する。」
『うん?』
「・・・市、今、何を見てるの?僕が知っている市は、」


視線は、あっていなかった。
あっていなかったが、市が振り返れば、彼の長い前髪が風によって流れ、紫水晶の瞳と交わり、静かにその瞳が見開かれる。
その様子に、また市は笑った。

彼の髪と似て非なるその翡翠の瞳に、暗い暗い、「 」が宿って・・・


『私は、ただ、約束を守るだけよ。』


市の絶対は信繁だった。
過去信繁が語ってくれたことをいまだに覚えているぐらいに、彼のことは兄のように慕っている。
その兄を無駄死にさせることはしない。そう決めたのは十蔵とだった。本当ならば14年前の天下分け目のあの戦で参戦し、戦いたかったがそれを許さなかったのは先代だ。

だからこそ。


『信繁様は天下一の知将。かの毛利元就や片倉小十郎。武田信玄や上杉謙信をも超越するほどの頭を持ってる。それをあの狸に今度こそわからせて黙らせる。そのための。私たち。』


口元に描いた弧は、悲しいほどにきれいだった








自分は、10人目ではないということはわかっていたのだが、部屋割りでさらに複雑な気持ちになってしまったと、市があの長屋に戻ろうとは思うことはなく、六郎が提示したように別に宿を取ってしまったのだ。
もともと芸は仕込まれている故、それなりに情報収集中に得た金銭で市はふらりと大坂城の二の丸を寝城にすることを決めた。
こっそり懐に隠して貯蓄していた貯金。それが小助にばれれば大目玉だろう。ちょいちょい酒代やらなにやらで火の車だったのだから。
別に、居心地が悪いわけではない。ただ、巌流についていろいろ思うことがあったからこそ、少し距離をおきたいとそう思ってしまったのもまた事実だ。


『・・・剣に狂った剣豪・・・ね・・・。あの白蓮って男は記憶をいじったら人格がうんたらって言ってたけど、実際剣一筋の男だったことに間違いはなかったはずなのよね。』


それは、少し自分に似ていると思ったのだ。自分は剣でなく、銃に対してなのだが。もともと、惹かれていた体質ではあった。幼いころ、母親が死ぬ前によく聞いていた話のせいなのかも知れないのだが。


『・・・雑賀孫市様・・・ね・・・』


ぽつりとこぼしたのはその名だった。
自分が使っている小銃は4発までしか打つことはできない。それは初代雑賀孫市が西洋の技術を取り入れ連弾することができるように作り出したものだったと聞いた。古いゆえに手入れも大変なのだが母親の形見はそれしかない。なにより、ヒトの命を簡単に絶つことのできる代償は手のひらの熱だった。それを手放そうとは思わなかった。


『織田によって失われた、雑賀。母上が雑賀の出ということは聞いていたけれど、父上のことは、私、何も知らないわ・・・』


織田が雑賀を攻め滅ぼしたのは自分が生まれる何年か前だ。その後豊臣に救われた母親はそこで身ごもって己をうんだことになる。
ならば父親は豊臣の家臣なのか、それとも、別のものなのか。


『頭が、こんがらがってしまいそうね・・・』


戦のことに関しては信繁や先代から学んでいたからこそ、よく回るのだが、それ以外のことはからきしだ。
女や男のそれなんて、余計にわからない。


『大丈夫、大丈夫。私は私らしく。戦えばいい。』


どれだけうらまれようとも、どれだけねたまれようとも、どれだけ命を散らしても、どれだけ赤を落としても、
女としての運命をまっとうできなくても


『もっとも信頼する「10人」とともに信繁様は大坂に向かう。きっと、あなたはわかっていたんでしょうね。私が、裏切り者になるんだろうって。』


目を閉じて、部屋の隅で脚を抱えた。いまさら女として生きるつもりはない。記憶にこびりついたあの言葉だけが攻め立てる。
あの時も、自分を含めてその場には11人いた。だから、彼は女の自分を数に入れていないのだとそう思っていたのだ。

・・・ただ、現実は違っている。


『望月六実は、女であっても。10人目。』


自分はいてもいなくても、変わらないと思ってしまったらいけないとわかっているのだが、彼女がいたほうが、きっと彼らの志気もあがるだろう。
だったら、と考えて浮かんだのはたった一人の顔だった。


『・・でも、彼の盾になれるのは、私だけ。』


やさしいダークブルーの瞳を思い浮かべて、また目を閉じる。ことが知れたとき、彼を守れるのは血に濡れた自分だけだ。彼は信頼される10人のうちであればいい。

彼のために散ろうが、結局はそれは信繁のためになるのであればそれでもいいと。


そう思っていたときにはいつの間にか眠ってしまっていた

ーー

/
もどる
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -