21

巌流との戦いで疲労は溜まってはいたが、青海たちと合流し出発する時にはすでに日は上ってしまっていた。
最低限の荷物で、と考えていたため着物を消費するのは惜しく、また汚れてしまった上からきるのも忍びない。

だが運がいいことにはかわりなかった。


『湯に恵まれてよかったわ』
「そうですね、本当にありがたいです」


ちゃぷんっとお湯の跳ねるおと。先導していた佐助が見つけたそれは疲れきった一団にはひどくありがたかった。先に男衆に入ってもらい後半に二人が入ったのは主に前線三人がひどい有り様だったからだ。


『なんだか、まだしんじられないわね』


まだ、からだの緊張は抜けきれていない。
それほどはりつめていたのだから仕方ないとも言えるのだが、まだまだ抱えている問題はたくさんある。







「どうなってやがる・・・?悪い夢でも見てたのか?」


炎にまかれた巌流は骨も何も残さないまま無へとかえっていった。
残されたのは彼が使っていた長剣のみ。はりつめていた糸がきれその場に全員が崩れ落ちれば「皆さんご無事ですか?」と六実が安否を確かめる。
そんな彼女の首には絞められたあとが痛々しく残ってしまっていて、「あぁ、なんとかな」と鎌之介は答えた。
ともかく、裏柳生の足止めをしてくれている青海たちと合流せねばと行動を起こそうとしたときだ。




「なかなかの采配だったぞ。謀将-真田信繁の名は伊達ではなかったか」


静かな森に響いた、男の声。

疲れを感じさせないほど瞬時に信繁の前に守るように躍り出た十蔵と市は銃を構えた。佐助や他の面子も突然現れたその存在に警戒を強めている。




月明かりに照らされた森の一角。
そこにその男はいた。

長い髪を風に遊ばせ、肩から白い羽織を提げている着物の男。腰には一振りの打刀を差し、笑っていた。
けれど、「気配」がなかったのだ。
先ほどまでの戦いで、油断していたといってもこちら側とて警戒はしていた。
まるで、その場に平然とずっといたかのように・・・

男だけではない。
彼の後ろには他に、5人の影がある。どの影も布をかぶり、正体はつかめない。

ただ、威圧感だけがこの場を支配した。


「なんだ、こいつ・・・?」


そう、口に出したのは鎌之介だった。武器を構えながらも、表情は険しい。
先ほどの巌流と同じ程・・・否それ以上の緊張感が彼らの動きを固めていた。


「そう構えることもなかろう。今日は挨拶がてら、出向いただけなのだから」


美しいと。それだけで形容するには惜しい顔。その口からつむがれたのは、その言葉。


「挨拶だと?貴様ら。いったい何者だ」
「名乗らずともわかっているのでは?まさか、この九度山の集落で暮らす民草にはみえまい」


信繁の言葉に、さらりと言ってのけた。
真田勢をも知っていて、敵だと言っているようなその口ぶりに、まとまった考えは、ひとつ。


『・・・裏、柳生・・・。』


カチリ。市の手元の銃がかすかに音を鳴らす。
それに気がついたのは市の後ろにいた信繁と、十蔵。そして相手方もだろう。きれいな弧を描いた口元が「だといったら?」と心底愉快そうにつむいだ


「ぶっ倒すに決まってるだろ・・・!」





「やめておけというに、お前たちにはこの方を倒せん」


威嚇するように声を上げた鎌之介をとめたのは、相手方のその声だった。しわがれた、老人のような声。けれどその言葉には重みと、重圧感が宿っている。
固まったのは、六実以外の全員だ。


「お前たちと殺しあうときは今ではない。我々を倒すつもりならば、機を見ねばのう」


まるで、何もかも知り尽くしているかのようなその言葉。
そのままその声を発した人影は、ちらりと巌流が遺した長剣を視界にいれ「巌流を回収しに参ったのですが、少々思惑通りとはいかなかったようですな」とあきれたように言葉をつむいだ。


「巌流は所詮、失敗作だ。あれほどたやすく弱点を見破られ、己を見失うなど、我ら鬼火衆に数えられる器ではない。この世への未練が薄い様子だったから、少々、記憶をいじらせてもらったが、人格が破壊したか」


同じく、彼もその場所を望みながらさらりという。
巌流を失敗作だと言い切った彼は壊れたおもちゃには興味がないと言うように。


「鬼火衆だと?それに、お前らはこいつの仲間か」


「鬼火衆」。
それは男が名乗った名称だった。
こいつらと信繁が指定したのは彼の後ろに控える人影もだが、一番は鎌之介をとめた男に対してだろうと思ったのはこの場に控える真田忍だろう。


「ふ、お前たちを今ここで葬るなど、造作もないことだが」
「御頭首。こやつらを大坂へ行かせて見てはどうでしょう?徳川の勝利は確定していますが、果たしてこの戦でどれだけのことができるのか、試してみるのも、一興かと」
「・・・ふむ、そうだな。」



それは、その言葉は、
真田を見下し、あきれ、つまらないおもちゃを渡された子供のようだと思ったのは。簡単に壊せてしまうのだぞと善悪を理解していないように思えたのは市だけじゃないだろう。
そして、彼に提案したヒトもまた。真田を試すといったのだ。


「おい、娘。オマエは「輪」を顕現させることができるようだな。オレの名は白蓮(びゃくれん)。大坂では、豊臣家もろとも滅ぼしてやろう。楽しみに待っているがいい。」


身を翻した男だったが、振り返り視線は六実に向かった。
体を硬くした六実だったが、口元を吊り上げまた歩き出そうとした


「っ待て!」


それにいち早く反応したのはこの中で一番早さのある佐助だった。
クナイを片手に、地を蹴り迫った。

だが、それを振り向きざまに見た男は「誰か」を見て目を細め口を動かし−−−−−−−








「のぼせちゃいそうなので」と申し訳なさそうに六実が湯から出ていったのはすこし前の話だ。思ったよりも考えこんでしまったかとは思ったが、もう少しだけと、湯に体を沈ませる。
この面々で覗きなんぞするやからもいないとわかっているが、真田忍が見張っている中奇襲も起きないだろう。
なにより、きっと裏柳生を束ねていたあの男が「大坂へ行くこと」を是としていた。

一瞬だけかち合ったあの瞳は、どこか懐かしいような気もしたのだが、思い出せない。
口が何か動いていたのも見たが、彼はいったい何を市に伝えようとしたのか検討もつかなかった。


「あまり湯に入ったままだとふやけてしまいますよ」


少し離れたところから聞こえた、聞きなれた声に、『そうなる前にあがるから大丈夫よ』と軽く市は返す。
そのまま首だけ振り返れば少し離れた樹の幹に寄りかかる十蔵の姿を見つけて小さく笑う。


『途中で六実ちゃんには会わなかったの?』
「さすがにわざわざ鉢合わせするような道は通ってきませんよ。」
『一人で抜け出すなんて疑われるわよ?』
「あいにくと、そんな不埒な行動をするなぞ思われていないもので。」


『あらそう。』と返してまた笑う。
湯に反射する月を見て、またひとつ笑みをこぼしながら、そのまま立ち上がり浸からないように結い上げていたその髪を解いた。そうすれば、長い髪は十蔵から彼女の体を隠す。


『まぁ、あなたにとっては私の体なんて見慣れてるようなものだものね。』


そばにおいておいた布を取り、体に巻けばおおよそが隠れる。そのまま身を返せば、肩と、鎖骨。それから脚だけが十蔵にさらされた状態だ。けれど、それで動じないのは市も十蔵も同じ。


「人前でその言い方はやめてください。勘違いされます。」
『事実を言ったまでよ?お互いどれだけ怪我の手当てをしあった仲だと思ってるの?』


汚れないようによけておいた装束に袖を通して軽く帯を締める。本来ならばその上から桜色の羽織を羽織るがもうあとは休むだけだと持っていてはいない。少々寒いとは思うが、後はみなの下に帰りまた大坂へ歩き出すだけだ。すぐに体が温まると知っていた。


「・・・その痕は、やはり残ってしまいましたね。」


さらされていた右肩によった視線に、『そうね。』と軽く返して太ももに銃を入れるためのベルトをつける。市事態は気にしていないのだが、この男はそうではないらしいと気がついたのはずいぶんと昔のことだった。
実際、傷が残ることに関しては、戦っている身の上で気にしていない。けれど、この痕は二人にとって、「秘密」の共有でもある。


『これは私の罪だから、消えてしまっては困るわ。』
「私たちの、の間違いでは?」
『ふふ、私の罪よ。掛け違わないで十蔵。』


右腕の神経を傷つけ、過去のように動かすことができなくなった最大の要因。一番最初に才蔵がそれを見たときは「どこの裏柳生にやられた」と問い詰められたものだった。それは「刀による」傷だったから。

髪を下で結わえて息をついた市に十蔵は手を伸ばした。するりとほほをなでればその手はそのまま右の傷跡に触れる。
日に焼けていない白い肌に、赤黒く残る歪なその痕は、触れてももう痛みはないらしいが、彼が表情をゆがめるのは斜め上の理由だ。


『うずいわ。十蔵。』


くすくすと小さく笑ってその手をつかみ下ろさせた。
湯によって温まった手がそのまま彼の右手を包み込んで、また笑う。


『これは私の罪。私の傷。私だけのものよ。あなたがそんな顔する必要ないの。私は、信繁様を守るためにいま武器を持って戦っているのだし、あなたも同じ。私もあなたもゆがんでしまっただけよ。でも、目的は変わらない。私たちは、信繁様を守り通して、彼の幸せを願う鳥よ。』
「・・・えぇ、そうですね。けれど、あなたにその傷を負わせたのは私です。」
『私の注意不足だったのだもの。仕方ないわ。あの状況じゃ、こうなってしまっても仕方なかった。手間取った私が悪かっただけ。』


『だからそんな顔、しないで?』と。今度は逆にするりと市が左手で彼のほほをなでて笑う。
その手に己を手を重ねながら、十蔵は静かに一度、目を閉じた。




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