19

「手柄の為なら我先に飛び出すたちのお前が一足先に離脱するってのは珍しいな。だが、市をつれてきてくれたのには感謝する。」


敵ではないという合図を茂みを使って伝えていた才蔵にかけられた是という声。
信繁と合流すれば、一番に彼はそういった。


「離脱ではなく、戦略的撤退だ。第一、いつまでも市をおいてはおけないだろ。それに話すならあんたと市がいたほうがいい。」


そばまで寄って市を地面に下ろす。今まで腹にかかっていた圧力がなくなって市は力を抜くように息を吐いた。
どうやら信繁と六実に怪我はないらしい。それに安心しながら『話って、才蔵ちゃん巌流についてのこと?』と彼を見る。


「そうだな、市からの話は前に聞いたが、ノブあんたはあの男の正体、どう見る」


先の今頃、まだ戦っているころだろうか。やはり、彼ほどの剣豪がなぜ無名なのか、その可能性を信繁に問いたいらしかった。
だが、「剣術使いに関しちゃ、お前のほうがよほど詳しいだろうが」とあきれたように彼は語る。

才蔵はもともと真田に来る前は剣の腕を磨くために全国を渡り歩いていたのだ。剣客に関して一番情報があるともいえるだろう。


「長刀と使う剣客に心当たりがないわけではない、その男は齢六十を超えた老人のはずだ。だが、あの男はどう見ても二十歳そこそこだっただろう?なにより、その男はもうこの世にはいないはずだ」
『弟子とかそういうのでもなさそうなの?』
「いるっちゃいると思うが、あんだけ力があれば再来とまで言われそうだな」


可能性はあるらしい。だが、齢六十。そこまで年を食っていればあそこまで動くことはまず出来ないだろう。
何より、年をとっていようがとっていまいが致命傷となる傷を受けて平気で生きていられるわけがない。
そうなるとやはり、あの男はいったい何者なのか・・・。

ぐるぐるとめぐる話し合いに、一人、「あの、実は・・・」と六実が声をかけた。


「…あの巌流という男に関して、ひとつ気になることがあるんです。最初に会ったときから、あの男には妙なものをかんじていたんですけど、全身から、黒い瘴気のようなものが漂っていて・・・」


「皆さんは、何も感じませんでしたか?」と、彼らに意見を求める。
六実の目には、あの巌流という男に黒い瘴気のようなものがまとわりついているという。それは前回現れたときより今回のほうがよりひどく、さらに彼からは何か甘い腐ったような匂いがしたということだ。
それには心当たりがあった市はやはり、この娘は直感や観察眼に優れているのだと再確認する。


「瘴気だと、そんなもの、オレは一切感じなかったが」
「・・・もし、あの男の体に触れることができれば、何かわかるかもしれません」


才蔵の言葉。けれど、それに六実はそう返す。
彼女が言っていた「気を読む力」というのは、そういうことなのだろうか。確か才蔵はその言葉を聴いていなかったはずだ。あの当時まだ彼は九度山に戻ってきてはいなかったのだから。


『・・・触れれば、いいのね?』
「え。」
『あの男の体に触れれば、解決策が見つかるかもしれないのね。』


確認で、市は六実に問うた。
そうすれば心底驚いたように目を見開いたが、すぐにその瞳は驚きに瞬いたが、きゅっと唇をむすんでその瞳には決意が込められていた。ならば、話が早い。ちらりと市が信繁を見れば、彼もまたうなずいた。


「答えろ。お前の直感はそうすればあいつに勝てるかもしれないと、そういってるんだな」
「・・・っはい。少なくとも、今の状況を打破できるかもしれないとう妙な確信があります」


そして、答えを求めるように信繁も六実に言った。否とはいわず、「確信がある」とそういった彼女に、市の口元が上がる。
ならばその一瞬でいい。それを作るだけだ。


「おい、ちょっと待て、あんたたち、こんな小娘の戯言を真にうけるのか?」


ただ、腑に落ちないものもいるだろう。ここにいるのは才蔵だけだが、おそらくこの場に佐助や他の面々がいたらいつもの屋敷でのことのように意見が対立していた。今はそんな余裕すらないが。


「どっちにせよ、このままじゃ巌流に勝つ手立てなんて見つからない。」
『女の直感は怖いのよ、才蔵ちゃん。なにより、六郎様は、直感で動いて、そうして先代のことを守ったその人じゃない。』
「それはそうだが、・・・オレには相当理解できん」


そう少しでも解決策が見つかればいい。『理解できるものでもないもの』と才蔵の言葉にいつもの笑顔を向けた。「ひとまず、巌流の隙を作らないとな。その為にゃ、ほかの連中に合図を送ってここへよんで・・・」と、信繁が言葉をつむいだとき。



その場の空気が、変わった。


「その必要は・・・ナイ」


背筋を這うような、その声に、才蔵は刀の柄に手を伸ばし、市も手に持っていた棍を構えなおした。ただ、六実が忍刀を抜こうとしたその手は信繁によって阻まれる。

この男は、刀を持っているものに執着していることを、すでに信繁は見抜いていたからこそだ。


「無駄・・・だ。お前たちが束になっても、わが剣の技を破ることは、絶対に・・・出来ナイ」


そのまま、巌流の細い体から放たれるとは到底思えないほど重い一撃が見舞われる。刀を構え、それを回避させたのは才蔵だ。だが、今のままでは到底手は出せないだろう。一歩前に出ようとした市に才蔵が「アンタはくるな!」と声を張った。
先ほど才蔵から警告されたとおりだ。市の攻撃は見切られかけている。自分が加わることで劣勢に追い込まれるなら、と躊躇したとき、「市」と信繁から声がかけられ振り返った。


「つかえ、こいつが来ちまったんじゃお前への不問はなしだ。」
『これ・・・っ感謝、いたします!』


彼が差し出したのは、市の愛用している小銃だった。
賭けに負け、手放した武器。使い慣れたその武器を手にとって前を見据える。


「ただし、無茶はするな。加減しろ」
『っ加減できたら、いいですけどね!』


左手で構え撃つのは巌流の足を狙ってだ。
基本、頭を狙って攻撃するが相手が何者かわからない以上、動けないようにするほうが得策であると考えたからである。

銃声と、剣の交わる金属音。

市の弾は外れることなく命中するが、やはり決定打にはならない。
きゅっと唇を締めたとき、己が放つものとは違う銃声が耳に届く。


「信繁様、市、六実さん!無事ですか!」


その方向を向けば、十蔵をはじめ鎌之介と佐助の姿もあった。
ゆらりとそちらを見た巌流は「追いついてきたか・・・性懲りもなく」とまったく感情のこもっていない声色で言い切った。


「るせぇ! こちとら、往生際の悪さには自信があるんだ!」


反発するように声を上げた鎌之介は分銅でまず彼を攻撃した。「皆さん!」と声を上げた六実、そして駆け寄ってきた佐助に変わって市は巌流に近づく。

後ろで報告をしている佐助だが、裏柳生を一手に引き受ける青海たちの話を聞いて「ならば早く片付けないとな」と巌流を見やった。
そして、それは彼に聞こえていたらしい。


「片付けるだと・・・?お前たちに出来ると、思っているのか?」
『あら、あなたはこの数が理解できないの?ただの鉄くず振るうやからが、地獄の六文を下げた鬼にかなうとでも?』
「市、それはオレにも当てはまるんじゃないか?」
『才蔵ちゃん、お口ふさいでさっさと武器を構えて頂戴?』
「戦ってのは、剣術の試合とは違うからな。達人が必ず勝つとは限らないんだぜ?」


あざ笑うかのように、巌流は言った。それほど腕には自信があるらしい。
けれど、市だってそれはそうだ。自分が仕えるのは、旗に地獄の渡り賃を掲げた謀将。彼の采配に間違いはない。
ただ言い方が言い方だったため、同じ獲物を使う才蔵からは少々冷たい目で見られたが、にっこりと笑って彼に構えるように促した。


「この巌流の前で、刀を抜くとは、おろかな」


封印されたように、ぐるぐると目の部分を覆っていたその布のさき、隠れて見えないはずの瞳が怪しく光ったように、市は思えた。
声にならない、叫び。

同時に先手で攻撃を仕掛けた才蔵だったが、それは簡単にはじかれてしまう。


「おろかな・・・おろか、おろか、おろかな、おろかな!!!!この巌流を殺せる刀は、この世に一振りたりとも存在シナイ!」


まるで、狂っていると過言ではない。
それぞれがそれぞれの武器で攻撃を仕掛けるが、それはわずかも巌流に隙を作ることはできない。


「お前ら、ばらばらに動くな!!呼吸を合わせて、全員で一人になったつもりで戦うんだ!」
「無茶言わないでくれって、こいつらと共闘するのは、これが初めてなんだぜ?」
「しかも、事前の合議もなしにな」
『簡単な話よ、 誰がどう戦うか、なんて身にしみているでしょう?』
「他の仲間の動きや呼吸、敵の動き、場の流れを読め!」


鶴の一声。まさにそれに尽きるだろう。
一度、全員の動きが止まった。

だが次に駆け出すときには、今までと動きが断然に変わっている。
それこそ、隙を与えないというべきか、

飛び道具が市と十蔵の二人。中距離に鎌之介、近距離に佐助と才蔵がいればそれこそ攻撃の布陣は相成ったものだ。
そもそも、それぞれが鍛錬を積んでいる。
たとえ、共闘が初めてだろうが、見方がどのような動きをするかは把握しているのだ。ならば、その見方の隙を他の見方が補えばいい。

怒涛の攻撃により、わずかに巌流の手から刀が離れた。


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