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その隙を、六実は見逃さなかった。
一気に地面を蹴って巌流へと突っ込んでいく。そのまま、痩せた体にしがみつけば、驚いたように顔を上げた。


「っ皆さん、この男は・・・生きた人間ではありません!死んでいる人間です!!」


彼女が声を上げた。
一瞬の動揺が走るが、なるほど、市は思った。


『(腐った匂いは、そのまま、死臭だったってことね。どうりで知った匂いだったはずだわ』


だが、それを良しとしないのは巌流だ。


「オマエ、なぜ・・・わかった・・・?」


殺気が桁違いなほど、増す。それは正体を知られたことによる不覚だけではない。まるで、「死んでいること」を理解したくないという思いが込められているとすら思えた。


「なるほど・・・死人だとすると、辻褄があうな。剣豪、宮本武蔵に敗れた佐々木小次郎。その男が使っていたのは三尺にも及ぶ長刀だったという。そして二人の因縁の地が・・・巌流島だったか・・・」
『あぁ、そういえば佐々木小次郎って、別名を巌流ってよんでいて、そこから島の名がついたって言われてる節もあるわね。考えてみれば最初から自己紹介されてたもんじゃない。」
「この男が、佐々木小次郎だってのか?一度死んで生き返ったって?」


武器はそのままに、二人は告げる。佐々木小次郎の名前は嫌でもよく知っている。とはいっても、その当時は最前線で戦っていた訳ではないので本当のことかはわからないが、彼を討ち取った宮本武蔵が関ヶ原の戦いに参戦していたときいていたからだ。


「知っテ、どうなル?オマエたちは、これで終ワリダ」
「抜かせ!正体がわかっちまえば、恐れる必要なんてどこにもねぇぜ!」


だが、もとは人間だと分かればこわいものはない。ただそれでも死んでいる人間をどうやってまた倒すというのか、それもわからないが、前進したことに変わりはない。


『死なないなら、送り火で焼いてあげるわっ』
「っだめです市」


物理で死なないのであれば、自分にできることと考える。残りの火薬をつめた筒をぶちまけるように取り出したがそれを止めたのは十蔵だった。
なぜ、という問いが生まれたが、すぐに理解する。

これが、もし才蔵や佐助ならば隙をつけただろう。けれど戦闘慣れしていない六実はその手から逃れなかった。


『六実ちゃん!!!』


彼女の首を締め上げる、その手。鎌之介が攻撃をしかけるが巌流の手は六実から離れない。
舌打ちをし、続けて攻撃をするのは佐助だが、その攻撃をもいなされる。ただその逆も同じだ。佐助に仕掛けられた攻撃は十蔵によって防がれる。


「バカ……め、死人を……二度殺せるとでも………思ってるノカ………この身体は………死なナイ……何があっても、戦い続けるノダ!」


市が、静かに目を細める。それをみて、十蔵もどうしたものかと固まる。だが、先に手を伸ばしたのは六実だった。
なにかを考え付いたらしいが、それを巌流が見破れないわけがない。さらに首をしめる手にちからを込めたらしい、六実の表情が歪む。


「ぐ、う、がぁぁぁあああああああああ」


だが、なにかをした。瞬間、苦しみ声をあげ、六実を投げ飛ばす。それに地面を蹴ったのは市だった。手を伸ばし、六実の体を抱き止めればすぐに背にかくす。


「お、、おい、なんだありゃ!?巌流の体に風車みたいなものが浮かびあがったぞ!」


六実が何かを呼び起こしたらしい。
巌流の体に左回りの渦があらわれ鎌之介が驚きの声をあげた。


「あれは、人間の気をつかさどるものです。普通の人の目には見えないのですが、以前お話したとおり、私は人の気を詠むことができますし・・・皆さんもできると」


咳き込み、けれどしっかりと自分が成したことを言う。「つまり、オマエがあいつに何かして浮き出た弱点みてぇなもんだってことだな?」と、簡潔にまとめたことばに六実は頷いた。


「剣、剣は、わが、命・・・この生は、剣がためにこそ、アッタ。」


まるで、心ここにあらずと、そう言い表すのが正しいのか。ゆらりゆらりとその渦を背負って巌流は言葉をもらす。


「だが、だが・・・この命は、若者に無残に奪われて終わッタ・・・その男は、剣の歴史を塗り替える宿命の下に生まれた男だった・・・ならば・・・」


彼はまだ若き宮本武蔵に敗れたとき、剣豪は、佐々木小次郎はどう思ったのだろうか。
自分は剣の道を進んできて、あっさりと絶たれたとききっと、


「ならば、我が生は・・・・この命は、やつの踏み石となるためだけにあったというのか?あり得ぬ、アリエヌ、あり得ヌ!!!!この名が惨めな敗者としてのみ、剣の歴史に刻まれるなど」


憎しみと憎悪と、なにより、悲しみと、その負の感情が渦巻いて仕方がなかったに違いない。


「断じて、断じて、断ジテ!!!!!!!!あってはならナイ!!!」


それは悲鳴のようにも雄叫びのようにも聞こえた。
だが、その姿を、似ていると思ってしまった市は複雑に表情を歪める。


「悪いが、貴様などに殺されてやるつもりはない。死人ならばさっさとあの世とやらに戻ってもらおう」
「その剣でこの小次郎を殺すツモリカ・・・あり得ぬ!剣に生きたこの身が、一度ならず二度までも剣に倒れるナド」


ただ、剣には剣だ。
狂ったように攻撃を仕掛けてくる巌流の攻撃を防ぐのは才蔵の役割となっていた。あまりにも激しすぎる剣劇は火花すら生む。


「剣を持つ者ハ・・・この佐々木小次郎を斬ろうとする者は、生かしてはオカヌ・・・!葬り去ってヤル・・・この世から・・・ 一人残らず!!!」


ただ、剣をもつからこそ攻撃が才蔵に集中しているのだ。けれど、それを真田の忍はよしとしない。


「待ちやがれ!オマエの相手は才蔵だけじゃねぇぜ!」


才蔵の前に躍り出てその大きな鎖鎌を叩きつける。もろにくらい、ふらつきながらも膝をつかないのは意地か、「コロ・・・ス・・・!コロス!!!」と標的はふえる。


「皆さん!!今なら!あの「輪(りん)」が浮き出ている今なら、倒せるかもしれません!」
「佐助、才蔵、鎌之介、十蔵、市!! そいつの体に浮かんでいる輪っかがでている今なら倒せるはずだ!!」


六実の声と、信繁の声が響く。
突然のその言葉に皆一様に怪訝そうに表情を歪めたが「いいから、全員で攻撃しろ!」と彼から告げられたのは総攻撃の意だ。


『考える暇は、くれないらしいわよ』
「そのようですね。無理は」
『しないわ。大丈夫。』


佐助が動き出した瞬間に、市と十蔵はそれぞれが狙いを巌流にあわせ、そして引き金を引いた。
十蔵は咆哮し、さらけ出された胸を、市はそののど下を、


「さぁ、今です!」


完全に動きを止めることができないとはわかっている。だが、振り下ろそうとしたその腕と刀を狙って市は銃を連弾した。
佐助は巌流の背に張り付き、後頭部の急所を。鎌之介は間合いに入り込み大鎌を首もとへ。才蔵は鳩尾めがけ突きの構えのまま潜り込んだ。

その渦が弱々しく回転を弱めていくが巌流の刀を振るう手は止まらない。
とはいっても、もうまともに敵の姿すらとらえられていない。

それに市が銃を構えたが、それをおろさせて十蔵はしずかに引き金をひいた。


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