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ふわりと、すぐに気がついた合図に市はその場所に飛び込み、受け止めた彼の腕の中に収まった。
「いちゃつくならよそでやれ」とあきれたその声に、『こっちも無事でなによりよ、才蔵ちゃん』と市は小声で笑顔を向ける。


『この匂い、敵にも気がつかれるんじゃないの?』
「そもそも染み付いた匂いですよ。それを言ったらあなただって隠れられないでしょう。」


市が感じ取ったのは銃を発砲した後の独特な消炎の匂いだ。自分も使っているからこそ、わかる。衣に染み付いたわずかなその香りにこの茂みに飛び込んで彼らと合流した。ここにいるのは、十蔵と才蔵の二人らしい。おそらく信繁と佐助と鎌之助の三人でまた別のところにいるのだろう。


「派手にやったみたいですね。」
『ひきつけるにはいいんじゃないかしら。よく悲鳴が聞こえたでしょう?』
「野太い悲鳴と焼ける匂いが嫌でもわかったぜ。」


地雷火と一緒だ。
敵がひきつけられれば前方が開く。そこを突き進む。間違ったことは何もしていない。派手なら派手なほど、注意がそちらに向くのだから、暗躍には向いているとは言えないが、今回の作戦の中では大きなことだろう。

ただ、それだけの気配を感じているわけじゃない。
わずかに殺しきれていない気配がした。
それに完全に気配を消しきったのち、十蔵が茂みの隙間から狙うように狙いを定める


『大丈夫、彼女よ。』


・・・のだが、市は静かにそういって、彼の銃の先端に手を添えた。


「・・・ほぅ来たか」
「あちらには信繁様もいますし、うまく合流してくれるはずです。我々も、少しずつ移動しましょう。」


それにさも面白いと口元を上げたのは才蔵だ。信繁が潜んでいるであろうその方をみて、十蔵はすっと武器を下ろす。
けれど。市が感じ取ったのはそれだけじゃない。


『・・・無花果・・・?なにか腐った匂いが。しない?』
「腐った匂い?果物か何か?」
『わからないんだけど・・・嫌な予感がする。早く合流しましょう』


女の勘。というやつだろうか。静かにそういって、歩みの速度を速める。急がなくては、とそう思うのはやはり心から守りたいとそう思うからだ。
そして、


『っ巌流・・・っ』


前方に見えたのは、あの不気味な男だった。
おそらく、こちらの気配に気がついたのだろう、信繁と六実とともにいる佐助が「下がれ!」と声を張り上げた。


「無駄、ダ・・・」


口元が、ゆがんだ。
瞬間、彼が身の丈ほどのそれを振り回す。防御しようとしたのだろう、六実は簡単に体ごと吹き飛ばされてしまった。


「散るぞ、こいつ相手に全員でかかっても、数を減らされるだけだ」


それだけではない。信繁のその声が聞こえて、市はすぐに後ろにいた十蔵に視線を向けた。
そのしぐさだけで何をしたいのか理解するあたり、二人の連携は昔のままのようだ。

佐助から「十蔵さん援護を頼めますか」というその声に、是と返した十蔵は瞬間、懐から発火剤を取り出すと山道へと投げつける。
すでに仕掛け済みだった地雷火へと引火し、爆発すれば一面は土煙が巻き起こり視界がさえぎられた。

巌流の声が、聞こえる、
その場所に向かって十蔵は鉄砲を放ち、肉をえぐる音がした。


「こんなモノが、効く・・・と思うか・・・?」


だが、才蔵のあの剣同様、彼は痛みを感じていないように見える。棍を伸ばして、市も身をかがめた。いびつな笑い声が聞こえたかと思えば「楽しいゾ」と、目が見えていればそれこそ笑みを浮かべているのだろう。

そして攻撃をしてきた十蔵へと迫る。


『遠距離部隊を狙うのは、数を確認してからにしなさいよね・・・っ』


だが、その前に市が躍り出た。
そのまま、迫る巌流を薙ぐように攻撃を仕掛ければ、簡単にいなされたが、ついで、鈍く光った銀色に、巌流は一気に距離をとる。


『ありがとう、鎌。』
「いいっての。」


距離があったが、間に合ったらしい鎌之助に市はひとつ礼を言う。たった一言だが、そのまま、十蔵の攻撃を妨げぬようにすぐに陣形を組めば「おろかな・・・マタ、痛い目に・・・遭わされたい・・・か」とゆらりと巌流がゆれた。

完全に、意識が彼らの方へと向けば、六実と信繁が駆け出していく。それを視界の端でとりつつ、静かに、市は息をついた。


『十蔵、後ろ、任せたわよ。』
「えぇ、もちろん」


かつては、自分が立ち回っていた位置だからこそ、その位置にいる十蔵を最大限に守り、信頼する。まだ前線は未熟だが、それでも自分にできることがあるならば、やりたいとそう思った。そのために、信繁や才蔵に教えを受けたりもしていたのだ。

けれど、本当は、自分の専売特許が一番なのだが。


『佐助、右!』
「了解した」


言葉と同時に駆け出す。ど真ん中にいる鎌はそのまままっすぐ巌流へと突っ込んだ。
それをわかっているからこそ、左右に割れた。

放たれる銃声を聞きながら木を蹴り、佐助よりも先に攻撃をかます。はじかれてしまうが、斬られることはなかった。はじいた衝撃でわずかにできた隙に、佐助がクナイを投げつけ、そこに鎌之助がさらに攻撃を加える。

幾度も幾度もそう攻撃を繰り返していくのだが、相手も痺れを切らしたらしい。

声を張って援護する市が一番邪魔だと判断したのだろう、ぐるりと周りの攻撃を無視して、市が飛んでくる方向へ、刀を向けた。


「そうはさせねぇよ」


とまれないと、そう思った市だったが瞬間横からえぐられるような圧迫感に息が詰まった。感じていた風の向きが変わる。


「怪我、してねぇか、市」
『っ才蔵ちゃん、手を出してこないと思ったら敵前逃亡なんてずるいんじゃないの!」
「せめてありがとうぐらい言ってもよかったんだぜ?あのままじゃあんた串刺しだった。」


俵担ぎされたまま、会話をする。圧迫されたというのは才蔵が飛んでいた市を肩で回収したからだ。
それこそ、戦線離脱。というにふさわしいのだろう


『戻って、まだっ』
「あの巌流ってやつ、アンタの間合いをわかり始めてた」
『は・・・?』
「あと数回・・・いや、さっきの攻撃でも知れないが、一番に急所狙ってきてただろうな」


まだ、戦っていると、そういおうと思ったのに、才蔵から返されたのはその言葉だ。市の動きをよく見てきたからこそ、彼女の弱点と動きがうっすらと読めている。それは、敵だって同じだ。
ならば一番に誰を狙うか、といったら癖のある市を狙ったほうが、数は減らしやすい。


『なるほど、足手まといってこと。』
「そうはいってねぇだろ。第一、そろそろあいつも飽きてきてた、早さもあるだろうがいい加減ノブに合流したほうがいいだろ。」


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