17



爆発音とともに、屋敷を後にした。長い間住みなれたそこを出て行くのはひどく寂しいような気もしたのだが、それでも信繁の背を守るために歩み続けるとそう決めたからこそ、

月明かりの下で、おのおのが六実に声をかけていく中で、市は静かに月を見上げていた。最後の最後にしかかかわらなかった自分に、彼女にかける言葉はないとわかっていたからだ。

けれど、彼女はそうではなかったらしい。


「市さん、私っ」


まさか、信繁の後に声をかけられるとは思わなかった。
確かに後尾に歩いていたが、かけられた声に驚いて振り返ればきゅっと胸の前で手を合わせて、六実はまっすぐ、市を見ていた、


「あの時、賭けに勝てなくて、ごめんなさいっ」


きっと、信繁から何か聞いたのだろうと、察する。
昨日の今日だ。最後に信繁とともに時間をすごした六実は市が銃に固執する理由を知っただろう。いや、それ以前に聞いた、淡路国のことも、彼女の中では疑問を晴らすひとつにはなったのかもしれない。
いろいろをきいて、彼女は市が賭けた「信頼」を守れなかったことが、悔しかった。


『きっと今が手放すときだったのよ。過去を、』
「え?」
『最後なら、「私を信じてくださってありがとうございました」ぐらいで、よかったのに』


最初に吐き出した言葉は、六実には聞き取れなかったが、次の言葉ははっきりと聞こえた。最後。その言葉に彼女の横にいた信繁が「阿呆かお前は、生きて帰ってくんだよ」とぶっきらぼうに言う。それにくすくすと笑って『そうね、最後なんかじゃないわね』と市も笑って、一度、六実の元まで戻った


「市さん・・・?」
『・・・あの時、貴女が見た舞の最後。教えてあげるわ。』


市がすぐに追いついてくるとわかっている面々は、足を止めない。彼女もまたすぐに追いついていく気ではあるが、彼に否定された反面だからこそ、いいたかったのかもしれない。
そっと耳元でささやくように、その詩をつむげば、静かに六実の目が開いた。


『信繁様がいったとおり、屋敷に残してあるものは好きに使っていいらしいわ。私の私物も結構残っているから気に入ったものがあったらもっていってあげて?それに、もしかしたら誰かが忘れ物してるかもしれないから、それは貴女が大切に守るのよ。』


その言葉を感じさせないように、市は笑って六実をなでた。


『いってきます、六実ちゃん』







昼の森と夜の森ではひどく気配の読み方が違う。
黒い口布をつけ、前髪が邪魔にならないよう布を髪に巻いて市は後方の守りに小助と甚八、そして青海と伊佐とともについていた。近距離戦を得意とする彼らの後方支援にというわけだが、合図を聞き分けられるのが市だからということでもある。

今のところ、敵に気取られた感じもないが、警戒に警戒は続ける。昼間に佐助が作った道を進んでいくが、やはりそれでも難しいものは難しい。


『甚八さん。』
「・・・了解した。先にいけ、ここは任せられた。」
『小助さん。』
「えぇ、貴女は信繁様を。」


「無茶はするんでないぞ」と青海に言われながら首にぶら下げていたそれを、吹いた。音はならないが、前方で同じ「音」をきいた。ついで、懐に入れていた煙幕玉を力の限り地面にたたきつけ瞬間。市は地を蹴る。



もともと煙幕は、誘導だ。固まっての移動は目立ち、何かあったときに危うい。本当ならばあまり体力の消費は避けたいところだったが、それでも、まっすぐ信繁たちのところに行かず、市は思い切り道を反れてわざと裏柳生が鳴子を仕掛けたところを通った。

瞬間。カラン、コロンっと罠が発動し大きな音が鳴る。わざわざ気配を消す必要がないとでも思ったのか、たくさんの気配がそこに迫っていた。だが、市が陽動で動くときは、別の場所で佐助も動いている。

その場にわざと転んだ振りをして、顔を下に向けて崩れ落ちれば、ばらばらと足音が聞こえてきた。


「なんだ、女だ。」
「ちっ、村の衆か、おい、殺せ。」


数は、7ほどだろうか。
まぁこんな単純な罠にかかるのはあの真田ではありえないと思っているのもあるだろう。また、裏柳生にとって、目的は信繁の首。先の戦で知られている市の特徴は髪と声だけだ。この裏柳生たちは、知らなかったのだろう。
それとも情報が届いてなかったのだろうか。

これは、好都合だ。と市は口布の下で笑みを浮かべた。この場所に来た時点で、もうこの裏柳生は市の罠にはまったようなものだ。


『もし、お侍様ですか?あぁ、よかった。夜道で足を挫いてしまって、すいません。なにか明かりはありますか』


月明かりだけでは、普通の女子ならこういうだろう。ただ、殺すと言っていた手前、どうするかはわからないが。


「明かりなんて必要ない。お前はここで死ぬんだからな。」


あぁ、残念だ。


『あら、そう。明かりをくれたほうがあなた達が長生きできたかもしれないのに。』


手と片足は地面についている。そのまま、蹴り上げて宙を舞う。手のうちからこぼすのは黒い、元。


「目潰しだ!!!」
「っ真田の女だ!!!殺せ!!!」



それを目潰しととったらしい。高く飛躍したため広範囲に広がったそれを手でふさぎ、視界を覆ったが運のつきだ。


『炎の中で灼かれなさい。』


ぱちんと。
髪を止めていたかんざしを抜いた瞬間に何かがはじけた音がした。
瞬間、舞っていた黒に炎が灯り、浴びた。

阿鼻叫喚。
銃に使うための火薬をさらに改良したそれはよく燃える。

ただし、引火しやすいものがあれば燃えるぐらいだ。普通の木々は水分を蓄えているため乾燥していなければ燃え辛い。冬場は少々危険が伴うが、そこは調整だ。


もだえる彼らにするりと針を取り出して、確実に急所をめがけて突き刺した。


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