16

出発の日の朝は酷く気まずい空気の中で最後の食事が行われた。
とは言っても。急遽その日朝に出発を決めたようなものだったからこそ、ばたばたとした朝だった。

作戦としては、「秋祭り」と称して酒や兵糧を配り、まずはこの場所を監視している浅野家の目をごまかす。
荷物を運び込む振りをして屋敷から離れた場所に地雷火を仕掛け、山を脱出する頃合をみて爆破。

敵を混乱させるというものだ。


『陽動作戦なら私がこう、ぼんっとすればいいじゃない』
「そうしたら貴女が一人残ることになるでしょう、そうはさせませんからね。」


それぞれの役割を振られ、小助と十蔵、そして市は村に物資を運ぶのと地雷火を仕掛ける役となった。
そもそも、火薬に関しては十蔵と市が適任だと信繁が言ったことで小助と途中で別れて作業をしていたのだ。

ほかの面々も十蔵に仕事を振られてそれぞれの仕事を全うしている。
六実は屋敷に残り、信繁と青海とともに敵に気取られぬよう掃除をしているはずだ。

唯一気がかりなのは巌流と名乗ったあの男のことだ。九度山を出たら殺す、そういってきたゆえに、油断はならない。


『お嬢ちゃんのことは、本当に残念だけど。』


息をついて、目にかかった前髪を払う。手はすでに泥だらけではあるが作業をするのをやめるには時間が押している。
女としてどうかとは思うが、そんなことどうってことはない。


「そうですね、六実さんは本当にいい子ですから」
『…少しでも罪滅ぼしができたのなら、よかったのだけれど、力にすらなれなかったわ』


その罪滅ぼしとはいったい何か。
それは二人にしかわからない秘密ではあるが、市の表情は暗い。


「信繁様を守ることが、我々ができる唯一のことです。」
『そうね・・・そのためなら・・・』


けれど、ゆっくりと顔をあげて、息をつく。
その表情にもう迷いはなかった。やわらかく笑んで空をみあげれば、目を閉じた。この後のことを感じさせないようなやさしい秋風が市の髪を揺らす。
誰かを暖めれるための暖かい炎のように、優しい風。


『信繁さまを守るためなら、鬼にでも化け物にでも、なってやるわ。』


けれど、彼女が放つ言葉はその炎のように優しいものじゃない。
開いた瞳。深い森の色を宿す翡翠。その色は夜でも輝きそうなほど、強い光を宿して、空をにらみつける。その様子を、十蔵は静かに見つめていた。


『この手がどれだけ汚れようとかまわない。自分の血肉で汚れようが、敵の血潮で汚れようが・・・信繁様が未来へ進んでくれれば、本望よ。・・・あぁ、でも、』


まるで、幽鬼。うちに秘めたその思いはゆがんでいる。ゆがみすぎているほど、彼の未来だけを祈り、そのために命を振るっている。
けれどふと思い出したことに、その秘めた狂気はなりを潜めて、己を見ている十蔵へと視線が向かった。


『信繁様を支えるのに、十蔵もついでに守らなくちゃね。』
「貴女に守られるほど弱くはありませんよ」
『もしもの時には壁になってあげる。』


信繁の影には、この男が必要不可欠だ。だからこそ、信繁を守るということはこの男も命がけで守るということだ。
けれど、それは彼の意に反しているらしい。「ですが」と反論をしようとした十蔵を笑顔で黙らせた。


『だから、生きていてね、十蔵。』


戦で女が出るということは、そういうことなのだ。
だからこそ、


『絶対に、私を守らないで。』


自分のために誰かが傷ついて、後悔なんてしたくない。
だからこそ、彼にたきつけるのは、まさに


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