15


信繁から耳打ちされたことに、十蔵はうまく表情を隠すことが出来ただろうかと、屋敷を出てから少しだけ心配になった。とはいっても、きっと距離のあった彼女もそれには気がついていたかとは思うのだが


「アイツへの罰は大坂行き強制と、武器の没収だ。此処まで言えばわかるな」


たったそれだけだった。だが、それだけでも彼女を「銃」というその楔から離せるというのであればそれで良いと思ったのは間違いではない。だからあえて、佐助や才蔵に違和感を悟られぬよう、気配を殺しきれて居ないフリをした。

そうすれば、食いついてくるのは、やはり鍛錬が足りないからだろう。彼を襲ったの数本のクナイ。そしておそらく目潰しか何かだ。
まだ、見つかるには早い。

そう思ってその場所から駆け出せば、彼女は獲物を逃がさないために追ってくる。他の人間の気配がない所へと足を進め、そして一定の距離で足を止めた。

それでも六実の速さは変わらない。走っていた勢いのままに飛び込んでくるのが、計画通りだと、内心ほくそえんでしまう。


「・・・まさか、私がこの役回りになるとは、因果なものですね」
「筧さん・・・あなただったのですね・・・」


きっと、六実は彼女に課せられる罰を聞けば、複雑な思いをしてしまうだろう。だからそれは言葉に出さずに「大坂への同行が叶わなくなるのも本意ではありません。恨まないで下さいね」と告げれば、彼女は頷いた。


「それでは、行きますよ。」


一応、声はかけた。そして地を蹴って彼女の背後へと回ろうとする。それは、「勝利条件」だからだ。
けれどそれは彼女もわかっていること。だからこそ、高さを利用しようとし、枝を掴んで飛び上がった。けれど、それは逆効果だ。

足場がなければ、移動は出来ない。
先に一発。彼女が掴んだ木の枝の根元に、飛び降りた瞬間にその木の枝が爆発する。


「こちらです、六実さん。」


続けざまに言うのは、彼女に怪我をさせないためだ。怪我をさせたらあとで何を言われるかわからない。
はっとしたように振り返った彼女の足元に銃弾が炸裂し、ひるんだ。その一瞬の隙は、戦いにおいて命取りとなる。

それは、この鍛錬も同じ。


するりと十蔵は六実の腕を掴んで背後へと周り、押さえ込んだ。


「これで、終了です。何か、言いたいことはありますか?」


彼の問いに、六実は何もいえなかった。うなだれて、何もいえないと首を横に振る。どうみても戦慣れしていない証拠だった。








『・・・やっぱり、あの男は敵に回したくないわ。』


聞こえてきた銃声に、市はポツリと言葉を漏らした。その言葉に「終りましたか?」と小助が市に質問を投げかける。


『そうね、終ったんでしょうね。あーぁ、本っ当あの男最高に最低な性格だわ。』


それに腕を組んで市は呆れたようにため息を付いた。少々裏表があるのは彼女も同じだが、味方さえあの男は簡単に欺くからいただけない。


「お前、銃以外にも色々できるし、戦に立っても平気だろ」
『それでもなじませるまで大変なのよ?棍はもともと、曲で使うことがあったからいけたかもしれないけれど、針の命中率、最初酷かったんだから』


さらりと横で甚八が酒を煽りながら告げる。苦笑いしかこぼれないが、その横に腰をおろして息をはいた。


『・・・あぁ、せっかく____________』


その先は言葉にしなかった。口だけが静かに動いてどろりと市の翡翠が闇に沈む。


「どうした、市」
『え?なぁに?』


森を見回していた伊佐が市を振り返った。けれどにこりと何もなかったかのように笑顔を張りつけて市はすぐに立ち上がる。


『少しお散歩してくる。少し森の中を歩いてくるだけだからすぐにもどるわ。』
「おぅ、あいつ等もすぐに戻ってくるだろうからな、早めに戻れよ」
『了解。』






そうして、ふらりと森を散策して戻ってきてみればなにやら騒がしく、「市、井戸にはちかづいてねぇな」と一番に市の姿を見つけた信繁に聞かれて首を横に振った。


『何かありました?』
「どうやら裏柳生の者が井戸に毒を投げ込んだらしいんです、それで」
『やだ、水を使った佐助の料理になっちゃうじゃない』
「そういうことを言ってるんじゃないぞ」


告げられたことに茶化してみたが、あながち間違いではない。堂々と料理に毒をもっていた張本人が否定をしたが、罠にかからないこちらを警戒してか、それとも一網打尽にしたかったのか。


『で、結果を私は聞いていないわ。』


けれど、彼等がその情報を持ち帰って来たということは勝敗はついたということなのだろう。率直に聞けば、六実は視線を下に落とした。

−−あぁやはり。

そう思ってしまった市は悪くない。元々、あの勝負の条件でそんなに期待もしていなかった。


『勉強にはなったでしょう?』
「っはい。」
『ならそれを糧にして、次は頑張りなさい。これはそういう縁だったの。』


何事も、勉強だ。そう言って頭を撫でてやればきゅっと唇をかみ締めていた。


『ところで、私にもその話を詳しく聞かせてくれる?』




六実が見つけ出したのは十蔵だというところから、背後を取られてしまったこと、そして全員が集合した後、何か異変を感じ取った六実が報告し、井戸へ行った。
そこには裏柳生の一人が居て、全員で確保。
情報を吐かせれば、信繁暗殺のため井戸に毒を仕込んだとのことだった。

詳しい話はまだ聞いていなかったらしい信繁とその話を聞きながら『本当、やることが野蛮ね』と呆れたように市は言葉を吐く。


「……話はわかった。手柄だったな。と言いたいところだが、結局お前は、この四人の背後を取ることが出来なかったってことで間違いないんだな?」


けれど、勝負は勝負。彼女が一番に感づいたことではあったが、手柄を立てることが今回の目的ではない。
厳しい信繁の言葉に、六実は静かに頷いた。


「あのよ、ノブさん。今回は多めに見てやってもいいんじゃねぇか?もし、こいつが敵の気配に気付いてなかったら、明日、誰かが毒入りの水を飲んで死んでたかも知れねぇんだし」
「我々の中でいち早く敵の気配に気がついたのは彼女です。その勘のよさは評価してもいいのでは?」
「少なくとも、先ほど一緒に戦った限りでは、俺たちの脚を引っ張るほど未熟な腕ではありませんでした」


それを庇ったのは、その戦いで一緒に戦ったものたちだ。鎌之助に続いて、十蔵、佐助と続く。
一番初めに彼女の戦いを見た佐助の一言は、特に意味があるだろう。最初のころの評価が嘘のようだとさえ思える。
それだけ、六実も努力はしてきたのだ。


「だからって目こぼししたら、何のための賭けだかわかんねぇだろうが。市にだけ責を押し付けるきか?」
「っですけど、それでは望月さんがあまりにも」
「・・・いえ、御屋形様のおっしゃるとおりです。それに、市さんだけに、罰を受けていただくこともできません。」


呆れたようにいう信繁に、小助。そして六実と言葉が続く。実際、もう市は武器を信繁に渡してしまっているし、大坂行きも待っている間に作戦は立てていた。もう、彼女自身後戻りはできない。
それをわかっているからこそ、それ以上、六実は何も言わなかった。


「まぁ、信繁様がそうお決めになって、彼女がそれを受け入れたのであれば、仕方ありませんなぁ」


いつもは六実の肩を持つ青海も、彼女が決めた決断にこれ以上何も言うことは無いらしい。残念そうに言葉を発した彼に「本当に、ありがとうございました。」と六実は頭を下げた。


「・・・そういえばお前、笛を吹けるって言ってたな?」
「え、あ、はい、人並みぐらいには」
「じゃぁ、これを吹いてみてくれ。こいつらの背後を取れなかった罰としてな」


そんな時、信繁が告げる。
きょとりとした六実だったがすぐに是といい、そうすれば信繁は懐から笛を取りだした。


『・・・あら、珍しいものをだすのね』


それに気がついたのは市もだが十蔵もだ。


「此処には俺以外に笛を吹ける奴がいないんでな」
「せっかくですから、私も小鼓を打ちましょう。すぐに支度をしてきますから、待っていてください。」


心底、懐かしむようにその笛を見つめる信繁に、十蔵は立ち上がってそう言った。ちらりと市を見たが『私は無理よ』と一言だけ言えば苦笑いを零し準備の為に部屋を退出する。


「あの、何を吹けばいいでしょう?」
「・・・「敦盛」だ、わかるか?」
「はい、大丈夫です。」






彼女が奏でた音は酷く悲しげで、儚い音だった。
庭に居り、舞扇子を広げ音にあわせ足を踏み出すその彼の姿は酷く美しく、舞い散る紅葉は美しくその姿を浮かび上がらせる。



−−−思へばこの世は常の住処にあらず
−−草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし

−−−−人間五十年。化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
−−一度生を享け、滅せぬもののあるべきか





『(ああ、やはりこの曲は嫌いだ。)』


静かにその光景を見ながら、市は静かに目を閉じた。
目の前に浮かぶのは、炎の情景。

−−誰かの記憶に焼け付いた、恨みの炎の・・・



180716

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