14


その日の夜の食事は全員がその場にそろった。


「お、市さんがこっちに座るなんて珍しいな。」
『たまにはいいじゃない。ねぇ、お嬢ちゃん』
「は、はい!」


ただ、違うのは何かといえばいつも上座、信繁と十蔵の近くに控えている市が下座、六実のそばに居ること。そしてその様子を不思議に思った鎌之助ににっこりと微笑んで六実に自分から声をかける。鎌之助や才蔵、甚八には普通に見えたかもしれないが、今までの市を見ているほかの面子、特に信繁は怪訝そうに市を見ていた。


「どういう風の吹き回しだ。」
『やだ、信繁様まで十蔵と同じことを言うの?別にいいじゃない、女同士だし私もいろいろ心変わりぐらいするわ?』


いつもより距離はあるが、くすくすと笑って見せて彼女が用意した食事に手をつけて『私もいつかこうやって料理ができるようになるかしらねぇ』と目を細める。それに表情を崩すのは十蔵だった。離れた距離でも、市のその言葉が聞き取れたらしい。ただ、彼のその表情の変化はわずかなもので、他のものに気取られることはなかったのだが、

少し様子がおかしいのは佐助もだった。


「・・・市もそうだが・・・佐助、何かオレに言いたい事でもあるのか?あるならはっきりいえ」
「・・・・・・なぜ、ソレを?」
「わかるに決まってるだろ、緊張した顔で、ちらちらとこっちを見られればな」


どうやら、挙動不審さは彼のほうが大きかったらしい。
自覚はなかったのか紫水晶の瞳を一瞬見開いて視線をそらした佐助に、信繁は呆れてため息をつく。
忍としての腕は一流だが、こういうところが疎いのか。「・・・なるほど」と小さく納得したように佐助は呟く。


「・・・で?言いたい事はなんだ。まぁ、大体の予想は付いているが」
「・・・彼女がどうしても、大坂に同行したいと言っています。」
「その話なら、答えは否だ。その娘を連れていくつもりはない」


この3ヶ月ほどで、六実はよくここになじんだ。だからこそ、彼女が誰かに助けを求めることを信繁はすぐに考え付いたのだろう。
結局ばっさりと否といわれたのだが、「最後の機会を与えることはできませんか?お願いします」と佐助はそのまま頭を下げた。


「・・・っお願いします、今一度、機会を与えてください!」


市の横で、六実も頭を下げる。悲願にもにたその言葉に、市は目を細めるのだが、佐助や六実だけではなかったらしい。


「私からもお願いします!彼女の律儀さは此処に居る間、充分ご覧になったでしょうし空き時間に忍の修行を続けているのを、私は何度も目にしました。」
「忍術ってのは、雑用の片手間の修行ごときで上達するものでもないだろ」
「それはわかりませんぞ。若者はワシ等年寄りが驚くほどの速さで、物事を学び取りますからのぅ」


小助と青海だった。その成り行きを見て、ぐるりと全体を見回して信繁はもう一度盛大にため息を付く。呆れた、という感情の方が強いのかもしれないが、一度目を閉じてまたひらいて、六実へと視線を向ける。


「この短い間にこいつらを抱きこんだ人たらしの才能だけは認めてやってもいいか。お前はどうしても大坂行きに同行したいんだな?」
「はい、もちろんです!私は御屋形様の御身をお守りするため、ここに来たのですから」


六実も六実で、ここで終ってしまうことは「後悔」になるとわかっていた。だからこそ、声を張った。


「だが、それでも答えは否だ。お前なんか居なくてもオレは自分の身は守れる」


けれど、下されるのは無常だった。ここまでいっても、なのかと全員がその結論に驚きで目を開く。ひゅぅっと六実のノドがなった。膝の上で握り締めていた拳を作って震え、唇をかんで下を向いた。


−−あぁ、やっぱり駄目だった。







『なぁに、信繁様ったらそんなにこの子を置いて行きたいの?』


絶望しきった六実の耳に届いたのはその声だった。はっとして顔を上げたとき耐え切れなかった涙が頬を一筋流れ落ちる。
彼女の横でにっこりとその笑みを崩さず市は信繁に恐れることも、下ることもなく、ただ、まっすぐに彼を見ていた。ただ、ただまっすぐに、


「そうだと言っているだろう。」
『貴方が何を思って彼女を連れて行かないかは知らないけど、この子は自分の身ぐらい守れるわ。大坂に行ってもきっと貴方の役に立つと思うわよ。だって女はここぞという時に男の気がつかないところに気がつくんだから』
「あぁ?」
『ねぇ、「六実ちゃん」の大坂行きを賭けてみましょうよ』


しつこい、といおうとした信繁に、市が言ったのは先に十蔵に言っていた「賭け」だった。それだけじゃない。
六実に対する敬称が、変わった。それに気がついたのは信繁だけじゃない。十蔵も横に居た六実も、その場に居る全員だ。それでも、市は表情を崩さない。一対一ではないが、おそらくこの中で信繁に意見を聞き入れ届けられるのは、十蔵の次に市だろう。


「賭け、か、市らしくないな。」
『だって、この石頭にはこれぐらいしないとね。でもこれは私の独断だし、お金を賭けるとか、そういうことじゃないからなんともいえないけど、私は「望月六郎」の娘であるこの子を信じてみたいと思った、それだけよ」


横で才蔵が告げる。その言葉に関して市は言った。確かに、勝利を確信できないその行為はある意味無謀といえる。けれど、それでも「信じる」というただその言葉に、六実は驚くしかなかった。だって、ちゃんと話したのは、今日が初めてだったのだ。つい先日は彼女を不愉快にさせてしまったと思っていた。
それなのに、


『こちらが勝ったときの報酬は「望月六実の大坂同行の許可」。勿論こっちから願い出てることだから勝負の方法は信繁様が決めて下さって結構。負けた場合は六実ちゃんの大坂は却下してくれていいし、私も不敬に値するから罰してくれて良い。』


まっすぐと翡翠の目がよどみなく告げる。


「・・・・・・なるほどな。市がここまで言うとはさすがに思わなかったが・・・仕方ねぇ、条件が条件だ、一度だけ機会をやる。」


彼が決断を出すまでに、数拍の間があった。けれど、是という言葉を引き出すことには成功したのだ。驚いたように、けれど心底嬉しそうに「本当ですか!」と六実は声を上げる。少しでも可能性が出来たのだから、それだけで大きな進歩といえた。

ここで交渉決裂してしまったらどうしようかとは思っていたが、さすがに突っぱねなかったか、と市も肩の力を抜く。
一方の信繁は視線を十蔵や鎌之助、佐助、才蔵に向けて口元をつり上げた。


「こいつら4人のうち、誰か一人の後ろを取ることができれば、大坂への同行を許可してやる。無論、逆に背中を取られれば、その時点でお前の負けだ。背中を取るためには、どんな手を使っても構わない・・・どうだ?」


信繁にとって、彼等は信頼の置ける仲間だ。だからこそ、命運を彼等にかけたといっても過言ではない。
六実よりもずっと戦闘なれした彼等に勝てる保障なんてどこにもない。

けれど、一度でもその背中を取ることが出来れば、六実の勝ちである。


「・・・っはい、わかりました」
「市」
『なんです?』
「お前はここで俺の守りだ。わかったな」
『ご随意に。』


その勝負条件に否とはいえない。是と返事をした六実に次に市へと視線を向ければ信繁はそう告げた。もちろん、市もそれを否定する義理はない。


「お前ら、絶対に手を抜くんじゃねぇぞ。負けたやつは大坂に同行させずここに残ってもらうからな」


最後に、一喝。
その言葉を言われればたとえ六実に頼まれた佐助ですら油断も隙も与えないだろう。
ついで、「十蔵」と信繁が彼を手前に呼び何かを耳打ちすれば、静かに彼の口元が上がった。


「それじゃ・・・散れ!」


その言葉と同時に、彼等は広間から姿を消す。「お前も行け」とその言葉に六実も返事をして部屋を飛び出していった。




「お前、いいのか?」
『別に後悔なんてしてないわよ?私は後悔するためにあの条件を出したわけじゃないもの』


部屋の半分が居なくなれば、必然と彼女に視線が集るのは目に見えていた。
甚八に言われて少し疲れたようににこりと笑った市に「まさかお前があそこまで入れ込むとはおもわなかったのぅ」と青海。


「確かに、正直私は市さんは六実さんを認めていないものだとばかり。」
『あら、認めてはないわよ。認めているのは「望月六郎の娘」としてだけ。それにあの方には恩義があるもの。』
「だろうとは思ったが、よかったのか。負けたときの条件に自分を込ませるなんて」
『だってこうした方が乗ってくれるとおもったの』


小助が言うことはもっともだが、あっさりと手のひらを返したようにいう市に全員が苦笑いをした。女というのはこういうのが怖いものだ。ただ半分わかりきっていたことでもあるが。『ねぇ、信繁様』とまっすぐに彼を見て、笑う。


『あの子が勝ったら私はここに残っても良いかしら。。』
「ありえん話だな。」
『でしょうね、おおよそ、貴方が提示する罰も、察しはつくけれど。』


勝てるか勝てないかは、きっと五分五分だ。うまく裏をつければ勝てるかもしれないが、ずっとともに戦ってきた仲間がそんなに弱いとは思えない。目を細めて、するりと足につけているベルトを外す。そこにいつも潜ませている小銃を、そのまま信繁の前に差し出した。


「まだ勝負の結果は見えていないが?」
『貴方が十蔵に何か言っているのは見えたもの。彼は私からこの武器を取り上げるためならなんだってするでしょうし。銃使いっていうのは時間に追われる分、常に敵の動きを読んで背後を取っているようなものよ。』


『それに、背中を取るためならどんな手を使っても構わないって言ったのは、貴方でしょう?』と続ければ「まぁな」と信繁は口元をつり上げた。


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