13

元々村に降りた時に男集がくれたものが多くなってしまっていただけだから市は必要ないと思ったものはおいていけばいいと思い、もって行くものだけをまとめていればあっさりと荷物をまとめるのは終ってしまった。
だからこそ、ふらりと彼女の元へ向かったのだ。

途中で青海とすれ違ったが、きっと彼女に何か助言をしたに違いない。それで彼女がどう動くかは知らないが。

ひょこりと彼女の元へと顔を出せば、部屋の隅でうずくまり、顔を伏せていた。


『お嬢ちゃん。』 
「ぇ、あ、はい!!」


自分からこうして声をかけるのは初めてじゃないかと市は思う。それは六実も思ったらしい驚いて顔を上げて「市さん・・・?」とぱちぱちと目を瞬かせている。そんな彼女に『入ってもいいかしら?』と小首を傾げれば「は、はい!」と恐縮してしまった。そういえば、ちゃんと会話という会話をしたのは険悪な雰囲気にしてしまったかと思い出す。


『荷物、まとめ終わったから寄ってみたの。お邪魔だったかしら?』
「いいえ、そんなことは」
『そう、だったら聞いてみたいことがあったの、いい?』


初めて彼女の顔を日のなかでちゃんと見た気がする。優しい紫色の瞳は父である六郎ととてもよくにていた。きた当初小助に言われた通り目元もにているのだろうなと思う。髪はどちらかといえばにていないが、おそらく母親譲りなのだろうと思った。

あまりにもじっと見すぎていたためか「あの、何かついてますか?」と恥ずかしそうに髪に触れるそのしぐさは彼の癖によくにていて笑ってしまう。


『ここ数ヶ月の付き合いだけど、こうして話すのは初めてだと思ったら六郎様を思い出してしまって。』
「父を、ですか?」
『あの当時はよく火傷を負って怒られていたもの。その治療に当たってくれたのが六郎様だったの。』


刀をにぎる手だったからささくれだっていたし、傷もあったけれどとても暖かい手だったのを覚えている。よく信繁と酒盛りをして先代に怒られていた姿も。もう三年もたつのに未だに記憶はおとろえていない。それだけ印象のある人だった。

『私は父親というものがどういうものかしらなかったけれど先代も六郎様も子のように扱ってくれていたんでしょうね。』


思い出を懐かしむように目を細める市に六実は複雑な思いをかくせなかった。自分と話しているとき、彼女はこんな表情しかしない。まだ新参ものだからこそ、だろうか。ぽんっと頭にてがおかれて、優しく、けれどこわごわとなでられる。


『だめね、どうしても重ねてみてしまって』


それはおそらく自分がこうしてもらったからこそ、六実にやりたかったのだろう。苦笑いをして、手をおろした。


『お嬢さんは、信繁様のあの目を見てもまだ仇をうちたいと思った?』


こてりと首を傾げれば、六実はすぐに首を横に振った。そのまままっすぐ、光のこもったアジサイ色の瞳が市をとらえる。


「たしかに、裏柳生も徳川も、父の仇です。でも、私は信繁様のそばで信繁様にお仕えしたいとそう思いました。だから、大阪にも、一緒に行きたかった」


だんだんと言葉は小さくなってその強い瞳も視線をしたに落とす。


『信繁様は一度こうだと決めたら覆すことはまずないわ。でも、それを逆手にとればいい。』
「え?」
『正直私はあまり信繁様の大阪行きを喜んでいるわけではないの。きっと十蔵もそう。でもいってもとまらないなら守るだけ。私は信繁様に遣えてるものだから。だったらあなたも貫き通してみたらいい。後悔してからじゃ遅いの、きっと六郎様もそういったはずよ』


そう、これは望月六郎のためだ。
逃げるためじゃない。にこりと笑えば、六実は驚いたように目を見開いている。けれど泣きそうに瞳が潤めば固まるのは市のほうだ。


『ご、めんなさい、なにか気にくわないことでも言ったかしら?』
「ちがうんです、私、嫌われているかと思ったから、それにそういってもらえたのが、嬉しくて」
『そうよ、ね、男衆のなかで女は私だけだったのに気がつけなくてごめんなさいね』
「市さんが悪いんじゃないんです、」


お互いが謝って、笑った。


「そうね、きっと私以外にもそう思ってくれてるひとはいると思うわ。」


にこりと笑ってもう一度ぞの頭を撫でる。「だから、他にも話を聞いてみなさい?貴女が後悔しない方法で」とそう告げてくるりと身を翻した。





ーーー



「どういう風の吹き回しですか?」 
『あら、何のこと?』


六実の部屋からでて、舞を披露したその場所にやってきた市を待っていたのは十蔵だった。怪訝そうに彼女を見て、そう言葉を発したのをきいて、あっけらかんとその言葉を返す。

衣も纏っていないが、あの演舞の手順を確認するように足の運びをしていれば、「六実さんのことです」としっかりと彼女に伝わる声の大きさで言った。それに、足を止めて振り返ってまた、笑う。


『六郎様なら、あぁしたわ。それに、言っていたじゃない。もしかしたら、あの子が10人目かもしれないって。』
「・・・あれは、」


しっかりと、聞いた。朝の会話で、十蔵はそう信繁に言って彼女を同行させようとした。その10人目というのは、先代の遺言のようなものだったからこそ、市の中ではしっかり残っている。


『十蔵、佐助、鎌、才蔵ちゃん、甚八さんに小助さん、青海さんに伊佐の兄さんと、今はここにいないけど、海野さん。そして、あのお嬢ちゃん』


名を言うたびに、足を運んでくるくると回ってみせるれば桜色の羽織がなびいて風に遊んでいる。
踊っているような、遊んでいるような、


『ほら、10人。』


最初から、十蔵の中で市が数えられていないことを、示した。くるりっと最後にもう一度回って、にっこりと笑う。


『十蔵は私の事なんて、戦力として考えていないのでしょう? 戦えないって、役立たずだって思ってるのでしょう?』


軽蔑。それににた色が翡翠色にこめられた。屈辱だと、彼女の中の獣が暴れている。その言葉に表情を険しくするのは十蔵のほうだった。


「誰もそんな事を言ってはいないでしょう」
『でも、貴方があの時あの数字を出したのは、信繁様を守る10人目。という意味で、でしょう?私には守れないと、そういいたかったのでしょう?』
「市、話を聞きなさい。」
『聞いているわ。だから私が身を引くって言ってるの。』


ぴんっと、空気が張り詰めた。
昨日の信繁と市の喧嘩の比ではないほど、まるで、引火する寸前の火薬のように、張り詰めたその空気。


『私は、大坂には行かないわ。』


それは、旅の同行の拒否だった。うっすらと浮かべる笑みは妖しく、そこだけ次元が違うようにすら思える。


「それは謀反と捕らえますが?」
『あら、いまさらじゃないのかしら。筧十蔵、貴方ならば私の「使い道」を理解できているはずよ』


いつもの、穏やかさは一切ない。軽口を叩き合っていたあの姿とは想像も付かないほど険悪な。


『あぁ、でも。今日の夜にちょっとした賭けをするつもりなの。貴方がどうしてもというなら、信繁様に提案してみることね。望月六実を大阪に連れて行くか、連れて行かないかの、賭けに』


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