12

まさか、朝から酒盛りになると誰が予想しただろうか。ドンチャン騒ぎの中、市は盛大にため息を付いた。
結局あの後十蔵にしかられるわで寝不足だというのに、甚八をはじめとした酒好きたちが「少しは飲まないと腹を割って話し合えない」なんていったのがことの発端だ。
ただ、酒が呑みたいだけじゃないか、と思ってしまったのは市だけじゃないだろう。

信繁のそばで彼と十蔵に酌をする市はただ苦笑いだ。どんちゃん騒ぎもいいのだが、本来のことを忘れてしまいそうになる。「市」と十蔵に名を呼ばれて、すっと一歩身を引いた。


「それでは、酔いが回ってしまう前に昨晩の件について話し合うとしましょうか。昨晩、ここを訪れた黒ずくめの者達ですが、彼等は一体、何者だと思います?」


まるで、水を打ったように静かになった。十蔵の言葉に先ほどの浮かれはどこへやら、全員の顔は真剣そのものだ。
その変わりように、六実も膝の上で手を握り締める。


「徳川家二代将軍の懐刀、柳生但馬守が作り上げた裏柳生・・・それ以外まず考えられまい」
「連中は、全国の忍の里を襲って術の極意を盗み取ってるって聞くからな」
『道場破りみたいね、呆れた連中だわ。』


意見を述べたのは才蔵だった。そのままお猪口に入った酒を煽れば鎌之介は不気味そうに視線を流す。呆れたように言葉を放ったのは市であり、空いた才蔵のお猪口に酒を注ぐ為に移動しようとして、信繁に視線で止められてまた座った。


「連中が何の目的で親父の骨壷を持ち去ったのかも気にかかるが、それ以上に気になるのは巌流とかいうあの剣術使いだ」
「才蔵や鎌之介を軽くあしらう程の腕の持ち主というのが、気になりますね」
「おい、ちょっと待て。俺は別に軽くあしらわれたわけじゃなく、敵の隙を作る為に・・・」


昨晩のことを思い出せばやはり一番印象深かったのは、「巌流」と名乗った男のことだった。信繁や六実の言ったことを踏まえればその男は狭いところでもどういうからくりか大太刀を獲物にあてられるということだ。
眉間に皺を寄せ考えを張り巡らせる小助に否、と続けたのは鎌之助だったのだが、そこの話とは別に話も進んでいる。


「才蔵、貴方は剣術に詳しいでしょう?あの男の噂を見聞きしたことはないのですか」
「あればとっくに気がついてる」


十蔵と才蔵。
この中で剣に一番詳しいのは才蔵だ。それをわかっているからこそ、十蔵は彼に話を振った。
だが、不機嫌そうに返答するあたり心当たりはないのだろう。


「連中は「大阪にはかかわるな」といっていたが」
『裏柳生はそのまま徳川家の考えととって良いのじゃないかしら。』
「だからこそ、敵に回るな、ということでしょうね。どうします?」
「どうするもこうするもない、何の為にいままで真田忍を存続させてきたと思ってるんだ?」


佐助の言葉に答えたのは市だ。そのまま信繁に意志を確認したのは十蔵だった。さも当たり前かに答える彼に「−−−ということは」と言葉が続いて、途切れる。
彼は一つ息をついて、目をとじ、その瞳を開いたときには、強い光を宿し、口元には弧をえがいていた。


「俺たちは大阪方につく。親父の代からの恩義もあるし何より家康には今まで散々辛酸を舐めさせられてきたんだ」


それは、くすぶっていた炎が、燃え上がったような瞬間だった。


「そうこなくっちゃな!近頃は暴れる機会もなくなって、身体だがなまってたところだし!」
「隠居生活が長かったとはいえ、腹の中までは腐っていないということか。それでこそ、オレが此処に来た甲斐もあるというものだ」


それこそ、昨晩徳川と戦うだろうとはせ参じた鎌之助と才蔵は一番に声を上げる。確かに鎌之助の言うとおり、あの二分の戦いから大きな戦はなく、力と気持ちをもてあそばせていたのだろう。
此処にきての信繁のこの結論は彼等にとっての好機だといえる。


「・・・ですが、大丈夫ですか。今朝調べてみたところ、この山のいたるところに罠を仕掛けられているみたいですが」
「裏柳生の奴等の仕業か?」
「はい、他に考えられません。山道の途中で八つ裂きにした熊や牛などが木に磔にされているのを見ました」
「この山を一歩でも出たらこうなるぞ、という脅しか?・・・悪趣味な奴等だ」


けれど、問題点もある。ここから出るにしろ、昨日の今日。森を見回っていた佐助が見たのは無残な死骸だった。
話しを聞いて僧である青海や伊佐は表情を険しくする。弱肉強食という自然界の理はあれど、無益な殺生は道理に反する故、余計だろう。その会話の中で声に出さずとも戦闘経験の少ない六実にとってはぞっとする話だったらしい。顔の色が変わったのを市はみのがさなかった。


「まぁ、罠が仕掛けてあろうとどうだろうと関係ない。それとも、おまえらの忍術は徳川家の犬にすら勝てない程度のお粗末な術なのか?」
「いいえ。」
「連中がどんな策を考えようと、俺たちはそれを上回る策を考えればいい、それだけのことだ。


そんなことは関係ないと。信繁は面白そうに告げる。一番に否定をしたのは報告した佐助だった。
当たり前だろうと言うように答えた信繁に、ふぅっと十蔵が息を吐く。



「なるほど、信繁様のご意志はよく分かりました。これから忙しくなりそうです。」



「ですが・・・」とそのまま言葉を続けて、その視線はまっすぐに六実に向けられた。


「彼女のことはどうします?」












「お前を連れて行くつもりはない、ここに残れ。」


それは、彼女にとって冷水を浴びせられたように感じる一言だったに違いない。
きらきらとしていた瞳が光を失って行くのを身ながら市はひとつ、ため息を零した。


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