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一人一人が定位置といえる場所に着き、上座に座った幸村の右隣に十蔵、そしてその隣に市が座り甚八はその彼女の横に腰を下ろす。
向かいは青海と伊佐そして鎌之介と才蔵だ。小助は甚八の横へと腰を下ろし、その横に六実が座る。
それぞれの帰還を喜び合うのだが、「っていうか。どうなってやがるんだ?裏柳生の奴等はもちろんだが、あの刀をもってた奴、ありえない強さだったぞ」と、鎌之助が一番に先の戦いについて口を開いた。


「そんなに強い相手だったのか?」
「あぁ、化けもんだぜ。俺と才蔵がまるで子供みたいにいなされたんだぞ!」
「…いなされたのはお前だけだ。俺は相手の出方を見ただけだからな」
「なんだと、この野郎!つうか、俺の攻撃を利用しやがったな!」


驚いたように、伊佐が鎌之助を見る。
肯定するように身振り手振りをつけるのだがその様子を呆れたように見るのは才蔵だ。確かに突っ走ったのは鎌之助だが、利用されたのは腹が立ったらしい。声を荒げた彼に、「おちつけ、今は下らんことで争ってる場合じゃないだろうが」と信繁はすぐに制止を促す。


「その男は、一体何者なんですか?それほどの腕前の持ち主ならば、噂ぐらい聞いていてもおかしくないと思うのですが」
「…わからん。裏柳生ならともかく、徳川があんな化け物を飼ってるなんて話、聞いたこともないしな」


ただし、得体の知れないものに関しての情報は、大いに越したことはない。あいにく、市と十蔵はその相手と戦闘に入ることはなったが故、気になることは多くなる。
だが、話しに聞き入る市に「……あのよ、話がさっぱり読めねぇんだが、何があったか説明してくれるか?そもそも、そっちの娘は何者だ?ここで雇われてる使用人か?」と小声で話してきたのは隣に座る甚八だった。
そういえば彼は平然とこの場に加わっているがつい先ほどかえってきたばかりであり、敵が来たことも、六実が何者かも知らない。
その小声は思ったよりも小さい声でもなかったため、向かいに居る鎌之助も「そういや、オレも気になってた」と六実に視線を向けた。


「私は・・・」
「自己紹介してやれ」
「申し遅れました。私、望月六実と申します。」


一瞬どうしたらいいのだろうと信繁に助けを求めるように視線を向けた彼女に、頷く。
そうすれば、一拍をおいてから、名乗ればまたしんっとその場が固まった


「えぇっと、望月ってぇと……望月六郎さんの娘さんか!?」
「げぇ!?俺はてっきり、ノブさんが若い側室でも囲ってるのかと思ったぜ」
「鎌之介、おまえ、俺を一体どういう目で見てるんだ?市とおんなじこと言いやがって」
「あ、やっぱ市さんも思ったんだ。どういう目って・・・なぁ?」
「歳を取ると、若い娘に走る大名は少なくないと聞く。徳川の狸親父とか、な」


やはり、真田にとって「望月六郎」の存在は大きかったのだろう。そして目の前に居る少女がそんな彼の忘れ形見であったなら驚くのも無理はない。予想の斜め上を行く回答に、鎌之助の本音も響けば信繁は呆れたように頭をかいた。
便乗する形で言葉を告げるのは才蔵だ。「そんな真似するわけねぇだろ。この俺をあの古狸と一緒にするな」と怒りを孕むのは古狸、宿敵である徳川家康に重ねられたからだろう。


「・・・で?さっきここで何があったんです?徳川家の刺客がどうのってさっき言ってましたが」
「では、私から説明しましょう。」


ただし、それだけで状況がすべて把握できるほど、彼がこの場に居たわけでもない。
此処数ヶ月のことを簡潔に説明したところで「なるほど、そんなことがあったのか、待ちに待った知らせが来た矢先に変な連中の襲撃に遭ったってことか」とおおよそ全てを理解する。
話を聞くだけで随分と状況が変わったと市もため息を付いた。


「しかも、その者たちは大殿のご遺骨を盗み出していった、と」
「不気味な連中だな。骨なんかもって行って、何をするつもりだ?」


小助が言うことはもっともだ。心底不気味そうに表情を崩した鎌之助に「わからん・・・」と佐助も理解が出来ないと首を振る。そもそも、骨なんて持っていって何に使うのかなんて誰も理解ができない。ことわざで爪の垢を煎じてーーーのようなものは在るがまさか骨を砕いて飲むほど酔狂な連中でもあるまい。


『頭蓋を盃にして・・・っていう感じでもなさそうだったものね。』
「うぉ、怖いこというなよ市さん!!!」
『前に魔王といわれた織田信長は義理弟だった浅井長政の頭蓋を盃にしてたっていう話を聞いてしまったし」
「心底酔狂だな。あの刀を持っている奴が酒なんか楽しみそうもなかったが」


ふと、市が思い出したことを口にすれば盛大に鎌之助が表情を崩す。それはその隣に居た才蔵もだ
しいて言うならその場に居た全員がドン引きしただろう。「あんまりそういうことを聞くと酒がまずくなるわい」と青海ですら顔を蒼くしていた。


「刀といえば、信繁様の部屋で大振りの刀を振り回していたというのは、本当なのか?あの狭い部屋の中で刀をつかうなんてどう考えても無理だろう」
「本当です、私も信じられなかったんですけど」
「目くらましをかけられて、幻を見ていたということは?」
「ねぇよ、俺もこいつと同じものをみてるんだからな」


そして話題はそのままあの謎の男に移る。信繁と六実が接触し、鎌之助と才蔵が刃を交えた男。
長い髪を振り乱し、けれどその太刀筋はしっかりと敵をしとめるための行動をしていた。言っていることは知り死滅のようにも思えたが、刀に執着しているのは目に見えている。


「しかもあの男、深手を負っていながら痛みを一切感じていない様子だった」
「あの者は「巌流」と名乗っていましたが、どなたか聞き覚えがある方は」


そう、そして何より、流血をしなかったのだ。
確かに肉を斬った感触を才蔵は感じていたが、刀に血は付着しておらず流血もそれどころか痛みすら感じていないように見えたのは間違いじゃない。
唯一の手がかりは彼が名乗った名だろう。


『…巌流は・・・島の名ね。』
「え?」
「あぁ、巌流島のことか、」
『それぐらいしか思いつかなくて申し訳ないのだけれど』


市の中で聞き覚えがあるのはその島の名だった。
宮本武蔵と佐々木小次郎と言われる二人の剣豪が戦った島の名前がたしか巌流という名前でその戦いの名も、「巌流島之戦い」とすら言われているほどだ。戦いが起こったのは1612年。つい最近のようでそうでもない。


「とりあえず今日はそろそろ休んではどうですか?遠路はるばるこの山まできて、疲れがたまってる人もいるでしょうし」
「っだな、実は俺、ヘトヘトでよ。」
「気付かなくて申し訳ございません。私すぐに夜具の支度をします」
「よろしくお願いします、望月さん」


ともかく、疲れきった頭ではと、一度解散を促した小助。緊張の糸が切れたのだろう大きくため息を付いて脱力したのは鎌之助だ。その言葉に立ち上がってすぐに支度に入ろうとした六実を「・・・待て」と止めたのは才蔵だった。戸のところで振り返り不思議そうにする六実に対し、彼が始めたのは内緒話だ。


「おい、才蔵、二人でこそこそと何の話をしてるんだ?」


少し様子がおかしい六実に一番に気がついたのは鎌之介であり、何より彼は少し空気が読めないところがある。
平然と彼等に声をかけた。


『何って何じゃないかしら。お嬢ちゃんみたいな子が好みだったとは私知らなかったけど」
「そうだぞ鎌之介、野暮なこときくなよ」
「はぁ?なんだよそれ」
『才蔵ちゃんもまだまだこれからだもの』
「目を付けて早速口説き落とそうとはさすがだなぁ」


茶々を入れるのは市と甚八だった。『ねぇ?』と市が甚八に小首を傾げれば「なぁ?」と彼も面白そうに首をかしげた。さっそく、面白い玩具を見つけた子供の図である。


「っいけません!この屋敷の中でそんな不埒なまねをするのはこの私が赦しませんよ!」
「冗談は対外にしてくれ、何故オレがこんな色気のない小娘を・・・」


ただ、冗談の通じないのも居る。「まじかよ、才蔵」と素で驚いている鎌之介もそうだが、声を荒げた小助も小助だ。
「あと、俺は玩具じゃないぞ市」と呆れたように市を見て、けれど彼女を見る目とは違う目で、六実に視線を向ける才蔵も才蔵だ。
六実自身は少々不審な目で彼を見返し、部屋を出て行った。







「ところで、俺には銃声が聞こえたんだが気のせいか。」


六実が部屋を出ていき、静かになったその中に、怒りをはらんだその声が聞こえて瞬時に市は静かに目をそらした。
横から無言で圧力をかけられるがそんなことは知らない。多方向から痛いほど視線を浴びているが無実だ。


「俺も、煙幕を張った後に背後から銃声を聞いた。」


だがしかし、裏切り者は居るらしい。じとりと佐助を睨んだが彼には呆れられたように目を細められただけだ。


「白状した方がみのためじゃねぇの?市さん」
「俺ははっきりアンタが銃を構えているのを見たぞ?」


少し遠くに居た鎌之介と才蔵には、煙幕で隠れる前に市が懐から小銃を抜いたのを見られていたらしい。それでもそ知らぬ顔をすれば、「自白した方が罪が軽いぞ」と脅しとも取れるその言葉が信繁から告げられた。痛いほど隣から視線を感じる


『十蔵が使いました』
「いえ、私は遣ってません。」
『・・・うらぎりもの。』


悪あがきだった。けれどさいごの頼みである彼にもあっさりと手を離される。ぽつりと零した市に「約束を破ったのは市ですから」と十蔵から咎められた。そうしている間に、影。
いつの間にか近くに居た信繁が「手を見せろ」と促す。


『一発だけです』
「それでもだ」
『・・・拒否権は』
「ねぇよ、さっさとしろ。」


差し出された手に、左手を出す。そのまま、ゆるりと手を開けば包帯で防止はしてあるが仕切れていない指の腹が赤く熱を持っていた。それをみて、一瞬、信繁は表情を歪ませるが、視線を十蔵に向ける。


「十蔵、きっちり冷やすまで見張っとけ、ついでに小銃も没収しろ。」
「かしこまりました。」


さらりと是と返事をす十蔵を睨みつけるが彼はそ知らぬ顔だ。「お前、またやったのか」と甚八が呆れて言葉を発したが『私は悪くないわ。』と市は表情をゆがめて信繁を見た。


『私は、戦う為にここに居る。何度も言うわ。貴方を護る為にここに居るの。そのために武器を取ったの。なのにその存在意義を潰されるというのであれば、私は暇を貰います。』
「ほぅ、言うようになったな小娘。」


かつてないほど、険悪だった。
お互いがにらみ合い、いっそ火花が散るのではないかと思うほどだ。信繁も頑固だが、市も戦いに関しては頑固だ。
譲れないものがあるからこそ、戦おうとする。

するりと、市が片足を引いて手を背に回す、それは、腰に潜ませている武器に手を伸ばしているからだ。
それに顔を引く付かせるのは周りだ。特にすぐ近く。市の攻撃範囲であるその場所に居る甚八はたまったものじゃない。
ただでさえ、市も信繁も長物を遣うのだ、ここで暴れ始めたら手がつけられない。






「・・・ともかく治療はしろ。今回は緊急時ってことで不問にする。」


折れたのは、信繁のほうだった。
盛大にため息を付いて、そう告げてから、わしゃわしゃと市の頭を大きな手で撫でる。


「何度も言うが、頼むから無茶だけはしてくれるな。」
『無茶をしなきゃ戦っても良いなら』
「命あってこそだろ、いい加減わかれよ。次はないからな」
『ふふ、わかりました。大将。』


この争いに関して、大体妥協するのは彼のほうだった。緊張感が晴れれば「その唐突に始まる兄弟喧嘩は控えてくれんかのぅ」と青海が苦笑いを零した。


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