9

その日の夜は珍しく、全員がそろっての夕食だった。とはいっても、市はあまり箸を動かさず伊佐から各地の詳細を聞いているようだ。


「望月さん、箸が進んでいないみたいですけど、どこか具合でも悪いんですか?」
「あ、いえ・・・」
「やっぱり何か悩みがあるんじゃろう?思い切って打ち明けてみたらどうかの」


それを見ていたからかいつの間にか自分の手が止まっていたことに六実は小助から言われるまで気がつかなかった。ついでその隣に座っていた青海に声をかけられて視線を泳がせてしまう。


「悩みというわけではないんですけど、私が初めてここに来た晩、裏柳生達が、一体何の目的で大殿のお墓を荒らしていたのかと、思いまして。」


悩み、というよりは不信感、といったほうが正しかったのかもしれない。けれどその言葉は広間にいる全員の耳に届いたらしい。話がいろいろと飛び交ってはいたが、その会話はピタリと止んだ。


「本来の目的はこの屋敷を見張るためだったのかもしれませんが、それならわざわざ墓を暴く必要はないですよね?」
「・・・・・・・まぁ、そうだ」
「そもそもあの墓を掘り返したところで何も出てはこないし」
「大殿のご遺骨と共に、何か埋めたと思い込んでいるのでは?」


それなりに向かいに居た佐助が言葉を発す。それに小助はあの当時を思い出しながら言うのだが、もしもの可能性を捨てないのが十蔵だった。「何かって、なんですか?」と小助が十蔵へと質問を投げれば「例えば、真田家に伝わる秘伝の奥義、あるいは、財宝とか・・・」と思いつく言葉を言う。


『財宝なら埋めないで小助さんが家計簿に加算してそうね。』
「それは・・・ないとはいいきれません。まぁ、お金に換えてやりくりはしてそうですね・・・・」


否定しきれない小助に市は笑う。けれど、ついで、びくりと六実が肩を揺らすと佐助が静かに目を細めた。「市さん」とそのまま佐助は彼女を呼ぶ。


『あら、お客さん?』


佐助が市を会話中に呼ぶときは、大体それだ。笑顔が貼り付けの仮面のようになり、翡翠の瞳が曇る。場が、立ち位置が、ぐるりと変わった。

上座にいる信繁を護るように十蔵、伊佐、六実が取り囲み、佐助と市は戸の一番近くで暗器をすぐに取れるように手を伸ばした。


「っ真田殿・・・っ真田信繁殿はおられるか!!」


けれど、響いたのは切実な、叫び声だった。
敵ならばこんな堂々と彼の名を叫んだりしない。スッと手首に針手裏剣を忍ばせて市は佐助に一歩下がるように視線を飛ばすと声のした一番近くの戸に近づいた。


『信繁様が家臣、市でございます。名乗りを、』
「っ鴉殿と、お見受けいたす・・・っ拙者、大阪城より遣わされた使者でござる!申し訳ござらんっ目通しを、願いたい!!」


鴉、そう呼ばれて市はちらりと信繁を見た。そうすれば信繁は頷き、「・・・信繁は俺だ、入れ。」とその使者へと向かって、声をかけた。

戸があき、暗闇の中から現れたのは血だらけの兵士だった。息も絶え絶えに、「ようやく辿り着けた」と苦しげに言葉を発している。安堵した拍子に体の力がぬけたのだろう、そのまま床にくずれおちた。


「拙者、大阪城におわす大野治長殿より書状を預かっておる。」
「っ御屋形様っこの方怪我を!」
「手当てしてやれ。」
「はい、じっとしていてください、今、血止めを」


崩れ落ちてもなお、そう言葉を続ける使者に、駆け寄ってきた六実が声を上げた。
しかし、近くでその濃い血の匂いをかいだ市と佐助は、すぐにわかっていたのだ。
それは戦場に生きるものの性というべきだろう。


「いや・・・拙者のことは、もういい。この怪我では、おそらく助からん。」


もう、手遅れだ。絶望したように目を見開いた六実に、市は静かに目を細める。戦慣れしてないからこそ、この少女はなんにでも手を伸ばしたいと思うのだろう。良いことだが、それはいつか仇になる。


「それよりも、これを」


震える手で、懐から一枚の書状を取り出した。それを信繁は手を伸ばして、受け取る。


「っどうか、豊臣に、秀頼様に、力を、貸して・・・っ下され!」


それは願いだった。
主命として智将-真田信繁-へと命かながら手紙を届けに来た、彼の、


「密使、というやつですな。ここにいたことがばれると厄介ですぞ、こちらも、向こうも」
「わかってる。清海、伊佐、裏山に埋めてきてくれ」


「丁重に頼む」と信繁はそう言って、開いたままだった彼の瞳を閉じさせた。大阪からの手紙が届いたと徳川、しいて裏柳生にしれれば大阪がたが襲われかねない。名も聞くことが出来なかったその兵士を密かに闇のうちに弔うことが出来れば、隠せる。青海と伊佐が僧として、そして自ら手伝いとして小助が名乗りを上げた。






使者の亡骸と共に、屋敷の外へと消えた三人を見送って、その後、信繁は静かに届けられた書状を開いた。多少汚れてはいたが、読むことには問題なさそうだ。


「お前の祈祷のおかげか? 来たぞ・・・待ち望んでいた手紙が・・・ようやく来た・・・っ」


最近では稀に聞く、力強い声だった。


「ということは、大阪城に?」
「あぁ、徳川家との戦に手を貸してくれ、だとよ。これでようやく「願い」が叶う。親父の願い・・・そして俺の願いが・・・」


十蔵の言葉に、光の宿った瞳が告げる。
彼がずっと待ち望んでいた手紙だった。だからこそ、「大阪に行くのか?」と聞こえてきた声に、信繁は返事をしてしまったのだ。


「信繁様、お気をつけを!今のは敵の声です!」


一瞬の暗転。
暗闇に溶け込んだ黒い集団が広間へと流れ込んでくる。


「襲撃だ!」
『まるで、南蛮の犬みたいね、血の匂いをかぎつけてきたのかしら。』


佐助が声をあげ、市が先ほど忍ばせた針手裏剣に瞬時に起こした火種を乗せて庭へと投げる。朝に火薬を巻いた庭は屋敷に燃え移らない程度の炎を上げて周囲を明るくした。
元々、非常時のたいまつ代わりでもあるが、そう長くは続かない。早めに目を慣れさせ敵に備えるのが間違いなく吉となる。


「ったく、良い知らせと共にこんな野暮な連中が駆け込んでくるとはな。お前ら、嫌われ者だろう?」


炎の灯りによって、敵の姿が確認し、信繁が言った。すでに守りを固めてはいたが


『私、今そんなに針もってないからね!』
「十蔵さんは使えない。どうにか応戦してください」
『はは、ひっどい言われよう。』


この狭い室内では銃は使えない。密集しているなかでは護りながら戦うのは困難を極める。左手の指間に針を滑らせて簡易の武器として形成し、市は一人一人刀の隙間を縫って応戦して行くが、なかなか距離がつかめず舌打ちをした。そもそも、訓練していても、片手だけで戦うのは並みのことではない。

せめて、一人でも信繁のそばに近寄らせないように。後ろで剣劇の音が聞こえるが、そちらを気にしている余裕はない。
けれど・・・


「(市さん。)」


聞きなれた声がどこかから聞こえた。
それは市が対応している敵とは真反対。回転し、敵の腹部に蹴りをくわえ吹き飛ばした先に、二つの影、額あてをわずかに上げた先に見えた赤から黄色に変わる配色に、ひくりと市の頬がひくついた。戦うつもりのないその二つの影に気がついたのは、市だけではないらしい。

懐に締まっていた秘蔵のそれを手にする前に、六実がその二つの影に迫っていた


「市、怪我は」
『してないわ。ありがとう。場所が場所でなければ火薬でボンなんだけどな。』
「屋敷をフッとばすな、阿呆。」
『残念ながら嬉しい増援がありますので、無残な屋敷は見られそうにないですよ。」


後退しながら左手の針手裏剣を迷わず敵の首元めがけ突き刺して蹴り飛ばす。武器を完全に手放したところで腿にしまいこんでいた棍を半分展開して小太刀ほどの長さにして構えた。
あとは、護るだけで良い。
せまった目の前の敵を思い切り殴りつけた


「っ六実さん危ない!背後に敵が!!」


同じく、信繁を背に護り戦っていた十蔵が刃を交える六実に向かって声を上げた。
完全に背の見えない位置に居た佐助が振り返えるが、クナイでせまる敵を止めるほど障害物が少ないわけじゃない。

挟み撃ち、まさしくそれだ。
でも、


『−−−いい加減出番よ、才蔵ちゃん』


市の言葉に横に居た十蔵が静かに目を見開いた。瞬間。なびいたのは、藍色。


「やれやれ、こんな連中の侵入を赦すなんて、あんたたちも随分落ちぶれたもんだな。」


裏柳生が使っているものとは比較にならないほど美しい刀が六実の背後に迫っていた敵をなぎ払った。
口元をつり上げて、彼は笑う。

月明かりに照らされて、六実の前に優雅に立ちふさがるのは夕日のような朱色の髪を持つ青年と、市に名を呼ばれた夜色の髪を持つ青年だった。
一人はその華奢な体に似合わない大鎌を、もう一人は太刀を構え先ほど切り伏せた時に付いた血糊を払う。


「気付くのが遅すぎだぜ、ノブさん!徳川と戦う為に兵を挙げるって聞いて、俺たちが協力しないわけがないだろう?」
「まぁ、この体たらくでは、戦う前から結果は見えているが、少し目を離した隙に、稀代の謀将真田信繁もおちぶれたものだ」


由利鎌之介、そして霧隠才蔵。心強い増援に、市は口元をつり上げる。


「っったく、おまえら、そろって好き勝手なこと言ってくれやがる。市も気付いてたんなら言いやがれ」
『あら、私はとっくに気がついてらっしゃるのかと思いましたわ。』
「それより、どうしてこんな連中と一緒に居るんだ?まさか、真田の敵に回る気か?」


先ほど、協力という言葉を使った彼に対して、意地悪そうに信繁が告げる。それに面白そうに才蔵は笑みを作り「冗談は顔だけにしてもらおう」とつづけざまにさらに一閃。油断した裏柳生目がけ蹴りをかまして「そろそろ大阪から知らせが来る頃だと思って九度山に着てみりゃ、こいつ等が上って行くのを見かけてよ?」と鎌之介。纏っていた黒い衣を脱ぎ去ればそれを床に落とした。


「連中の目的を見定めるため、衣を拝借し、仲間の振りをして紛れ込んでたというわけだ。以前のあんたならこの程度の変装、一瞬で見抜いていたと思うが、慢心したか?」
「相変わらず嫌味な奴だ。」
「さぁて、種明かしをしたところで存分に暴れさせてもらうぜ!この鎌の餌食になりたいやつからかかってきな!」


身軽になったところで、鎌之介は敵を挑発し、鎖鎌の分銅部分を振り回す。それを見て、静かに才蔵は六実の頭をグッと下に下げ、同時に市と十蔵も信繁の体を守るようにその身を低くさせた。
瞬間、鈍い音と敵のうめく声。そして屋敷の壁の破壊音と来れば苦笑いしか出てこない。


「っバカやろう、手元に気をつけやがれ!屋敷が崩れたらどうするんだ」
「わ、わりぃつい!」
「こんな建てつけの悪い屋敷の一つや二つ、市の火薬で敵ごと吹っ飛ばしてしまえばいいだろう」


さらりと爆弾発言をかました才蔵に「それは先ほど回避させました」と十蔵が声をはる。
味方の数が増え、敵をのしていけば形勢は逆転したことは目に見えている。


『お嬢ちゃん、やること、わかってるわね』
「っはい!」


男の中で、市の女の声は六実の耳にしっかりと届いた。「しかしまさか、市さん以外の女に護られるノブさんが見られるとは思わなかったな」と茶化すように鎌之介が言えば、ぎろりとその本人は自分より年下の彼を睨みつけ「後で覚えておけよ」と怒りをぶつけた。

だが、敵もただの傭兵ではない。出口へ向かおうとする二人の前に二人の裏柳生が踊り出た。


『佐助!!』
「わかっています!」
「っ市!」


懐から、ソレを出した瞬間、十蔵が彼女を呼んだ。瞬間、白い霧、煙幕がたちこめる。
敵の衣は黒い。見誤ることはしない。一人は佐助が、そしてもう一人は、


『せめて、痛みを感じず逝きなさい。』


右手を支えに、小銃を構え市は静かに言い放った。



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