8

すでに六実が来てから2月がたっていた。秋も深まり、実りの季節となる。

美しい紅葉が散って行くなかをじっと市はその光景を見つめていた。傍らに柔らかい透け素材の大きい布を用意していれば、素足に黒い布を巻いてまま土の上に降り立つ。


ふわりと少しの風で舞いたなびくその布を纏って、誰も片付けていないその赤いじゅうたんの上に舞い降りた。
その様子を見るのは信繁と十蔵そして佐助だ。その場に一度地に座り目を閉じた。


「あぁ、始まってましたか。」


そこに駆けつけたのは大殿のところで落ち葉集めをしていた小助、青海、伊佐、そして六実だった。「もうそんな時期だったか」と伊佐が目を細めれば六実は不思議そうに首をかしげる。


「あれは、何を。」
「もともとは歌も演奏もあったらしいのですが、市のすんでいた場所で必勝祈願を願う舞だそうで。」


意識を集中しているらしい市に、また視線を向けた。まだ数えるほどしか会話をしていない気がしたが、日の光の前で見るのは初めてかもしれないと、六実は思う。

嫌われているのかどうか不安ではあるのだが、おそらく彼女も忙しいのだろうとそう思っていた。するりと立ち上がった市に、空気が変わった。彼女の長い髪が重力に逆らいわずかに舞う。


『導きませ、ヤタノカラス。 我、その導きなるままに迦具土神(かぐつち)様と共に歩むものなり』


するりと手を伸ばせば彼女を囲むように風が起きた。さらさらと手からこぼれおちていく黒い粉は風により地に散らばってく。
タンッと地面を蹴った。ふわりと飛び上がれば布が舞い上がる。そのまま空中でくるりと回りまた手を開いた。


『護り、闘い、愛しき子らを、どうか、どうか、救いたまえ』


地に降り立った瞬間に先ほどまで居たその場所に一瞬淡い炎が生まれる。その炎が布にわずかに触れれば軽い素材のソレはその部分だけ焼け落ちて空中に飛散し、炎の粉が空中に取り残される。


『炎渦巻く、この世の末に』


また黒が舞って炎が布をさらっていく。
風と彼女が起こす炎によって赤いじゅうたんでさえだんだんと茶と赤とで分けられていく。


『泰平と言う名の、光あることを、』


あわせるように、風が下から追い上げる。
まるで、彼女が操っているかのようにそれは布を舞い上げた。


『願わくば、愛しき子らが笑めることを』


そのまま、布が炎に巻かれる。
腰に隠していたらしい鉄製の棍を展開させるとそのまま炎に包まれる布を空中で掬い取り絡めて回転させる。
手首で回し、頭上で回し。回転しながら放り投げ、それは、炎と戯れているかのようにすら思えた。


「(あれ。)」


それに、見とれていたからこそ、気がついた、
彼女がなにか、言っている。音には出さないが、口が確かに動いている。

それを読み解こうとした時に、一層、炎が舞い上がって赤に消された。







「相変わらず怖いほど炎を使うな。」
『あら、でも先代は喜んでくれていたわ?』
「市のこれは派手じゃからのぅ」


布が燃え切った時には、彼女の周りに黒い円が組まれていた。
それは最終的にそうなるように風を起こしてそれが綺麗に完成するのであれば必勝できる。という祈願だと昔十蔵は聞いていた。
見事なまでに美しい円を築き上げた彼女がこれをよく練習しているのを知っているが、右腕が使えなくなってからはさらに練習していた。

終りきった市の装束は煤でかすかに汚れているが本人に火傷の様子は見られない。
伊佐と青海に言われて笑う市はそのまま棍を縮めると足の付け根-そこに巻いてあるガーター-に入れ込んだ。


「・・・あの、」


そんな市のところに六実がくる。翡翠の瞳が不思議そうに瞬けば、視線をさまよわせて「最後、なんていってたんですか」と聞いた。それに驚いたのは市のほうだ。


『何も、いっていないわ。』
「えっと、口が動いていたから」
『迦具土様に捧げる言葉だもの、ヒトの耳に入れる言葉じゃない。』


迦具土は炎の神。母、イザナミの胎を焼いて生れ落ち、父に殺された哀れな神。そも、殺戮の神と言われたイザナミに終止符を打った。幼子だった。


『元々、私の故郷と言われるところは銃火器の発達した場所だったの。火の神に戦の勝利を願った。それだけじゃないかしら』


にっこりとすがすがしいほどに笑って『まぁ、そんな故郷はいまや見る影もなく炎で焼け野原だけど。』と告げて身をひるがえした。触れてはいけないこと。そのことに軽率に触れてしまったのだと、六実はすぐに気がついたが、彼女はそのまま十蔵たちの所へいってしまって声をかけようにもかけられなかった。


「………市は淡路国の方の出身でな、身ごもっていた母親が命がけで織田の手から逃げだし、そこを豊臣に助けられたのじゃ」


そんな六実の疑問を晴らそうとそう言ってくれたのは青海だった。目を細め娘を見るように市のその後姿を見ている。


「市さん、おいくつか存じ上げませんが、織田と良いますと30年ほど前ですか?あの年代の淡路は・・・」
「えぇ、まだ雑賀衆と言われていた銃火器の使い手たちが豊臣に使えていたころになります。周辺ですと長曾我部や伊予、それから大阪近郊の豊臣でしょうか。おそらく、彼女の母親は雑賀の一人だったんでしょうね。彼女が詞に読んでいるヤタノカラスというはおそらく八咫烏でしょうし、雑賀衆の旗印でもありましたから」


戦によって彼女は平穏を知らないまま大阪で生れ落ちた。そこでもしも銃にふれなければ、普通の女子として今どこかで家庭を築いていたかもしれない。けれど、それが出来なかったのは、それに触れてしまったからだ。食い殺されてしまう前に、信繁が彼女を見つけ、譲り受けた。その時に十蔵ともであい、そこからの付き合いだ。


「・・・市さんが、此処にいる理由は」
「信繁様に助けられた温情があるからでしょうね。勿論それ以上のものもあるかもしれませんが、大殿ご存命の時には十蔵とならび比翼の鳥とも言われていました。今は、その名を嫌っていますので、秘密にしてください。」
「・・・わかりました。」


同じ女性として、少し相談したいことはあったのだが、琴線に触れた挙句、そんな長い付き合いをしている彼女にすがれるほど自分はこの場に染まってはいない。
それをわかっているからこそ、六実は静かに視線を下に向けた。


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年代が多少ずれていますが信繁様が公式32設定、十蔵28、市は27の設定のためお許しください。

舞に関してはオリジナルです。一切関係ありません。イメージとしてはフラッグパフォーマンスのようなものです

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