やはり彼もイタリア屈指のマフィアのボスなんだと実感する。腕を引かれてダンスホールまで戻ってくれば、やはり視線の多さは異常。
齢30を越えていたとしても。彼はいまだに独身を貫いているから他の女性の視線も多いのだろう。なつみにとっては心底関係のない話なのだが、それでも気になるものは気になってしまう。ヒトの波がはけていく。ドレスが波打ってヒールが音をたてた。

その淡い色合いのドレスとは正反対な黒髪がわずかに揺れる。


「はは、目立つな。」
『ドン・キャバッローネは色男だから。』


ダンスホールまでくれば、自然と二人が踊るスペースが出来上がる。雲雀とはじめて踊ったときのその感覚に近いものを感じながらなつみはいつもどうり一歩引いて礼をした。


「お手を」
『グラッジェ。』


差し出された手に手を重ねる。
流れる音楽を感じながら、彼の目をまっすぐに見つめれば驚いたように目を丸くしたあと、優しい色を滲ませて目を細める。
そのようすに首を傾げてしまうのは、その色をもつ人間を彼女としては二人しか知らないから。

ステップが始まり、動き出す。ふわりふわりとドレスの裾が踊って、氷をイメージした薄水色のグラデーションレースが靡いて揺れた。


『ずいぶんと優しい目をするんですね。』
「ん?そうか?」
『貴方は大空だから、もっと冷たい目をすると思いました。』


ぽつりとこぼした言葉に、ディーノが聞き返す。さらりとそれを言葉にしてしまったのは、小さな本音だ。
曲に紛れて聞こえないくらいの二人の会話だが、顔を上げたなつみは小さく笑う。


『雪は大空と一緒に生きることはできないんです。溶けてしまうから。きっと恭さんと似てるところが貴方にもあるんです。だから私なんかに優しいんです。』


すらすらと言葉が自然に紡がれる。
どうしてこんなことを平然といってしまうのだろうか。なんて、頭のなかでもう一人の自分がいった。


「お前も随分難儀な女だな」
『なんぎ?』
「恭弥が欲しがるのもわかる気がする。」


難しいステップはしない。ただ単純なステップを呼吸を合わせて足を動かしながら会話をする。言われた言葉に首をかしげてしまうのは、私があまりにも彼をしらないからだ。


『…ディーノさんはとても彼のことを知っているんですね。』
「まぁ、師匠だからなぁ。あいつが中坊のころからしってるから10年ぐらいの付き合いだ、一時期めちゃくちゃ荒れてたんだぜ?」
『え?荒れた?』
「あぁ、6年ぐらい前だろうな。いきなり大切なもんが消えたらそりゃぁ荒れるさ。」


足が止まってしまった。ヒールが床に音を立てる。目を静かに開いてしまったが不思議そうに彼は首をかしげて同じく足を止めた。まだ、音楽は止まっていないのに。


『あのヒトが、荒れた…』
「…あぁお前には複雑かもしれないけどな、あいつ本当に大切な女がいてさ、急に行方不明になって、消息もつかなくなって、あいつも焦ってたんだろうな。」


聞かされる言葉に、口を閉じてしまう。彼が自分が消えた後そんなことになっていたことなんて知らなかった。「捌けるか」と、手を取られてダンスホールから逸れた


「だから、あいつがあんなやわらかい顔でお前を見てて驚いたんだ。時間がかかってもいい。あいつを受け入れてやってくれ。」


告げられた言葉に、何も言い返せなくなる。これから離れようとしている私にその言葉をかけるのか。


『…そうですね。少し彼と話してみます。』


すでに、離れると告げてしまった私が何を掌返ししているだといわれそうだが。私の言葉に心底安心したように彼が笑むものだから何も言えなくなってしまった。




*Side Hibari

 眠る彼女を横目に、一つため息をこぼした。
沢田にもらったといっていた彼女用のドレスが飾られて、月明かりに照らされているが、最近の彼女には珍しい淡い色で統一されていておそらく彼女に下されたどうでもいい宿命なんてものになぞらえているんだろう。


「…君は、本当にいつも僕から逃げようとするんだね。」


こぼした言葉は、トラウマに近い。
突然目の前からこぼれおちた、手の届かない存在になったキミは、年月を超えてこうして僕のもとに戻ってきた。
それが、「雪」の運命だろうが、「雲」の使命だろうがそんなことはどうでもいい。

ただ、この弱くてすぐに溶けてなくなってしまうだろう存在を、ただ隠し、そばで守っていきたいとそう思っていただけ。


「なつみ…僕は君と一緒に生きていきたいだけだよ。」


君が僕に別れを告げて、それ以来しっかりと顔を合わせていなかったけれど、こうして君が眠っているときにだけ顔を見に来るのは、僕の中の覚悟を決めるため。




そうは思っていたのに、






「…雲の人。」
「あの子に幻覚がかかってる可能性はないんだよね。」
「…うん。」


煌びやかな光の中で彼女の氷のように美しいドレスがなびく。その相手をしているのは僕ではなく、跳ね馬。

黒髪と金色の髪が揺れてキラキラとしている。そこで踊っているのは、僕のはずだったのになんて、それは静かで確かな嫉妬に違いない。


「…あの子、すごく不安定だって骸様が言っていた。幻覚じゃないのに、どこか有幻覚に近いって。」
「本物に限りなく近い幻覚だって…あの男が言ったのか」
「そう、骸様もあの子のこと気にしているから。」


ぴたりとそのホールの真ん中でなつみたちが止まる。驚いたように瞳を開いた彼女の腰を抱いて、跳ね馬が移動しつつ人ごみを抜けていった。
どこに行くのかと視線を向けていれば中庭に向かったようだ。
あの男のことだ、彼女に手を出さないとわかってはいるが、人気がないのであれば話す機会はいくらでもある。

僕は、彼女を離す気はもう毛頭ないのだから。


「雲の人。」
「あぁ、…付き合わせて悪かったね。」
「ううん、いいの。ただ。」
「…なんだい。」
「私もあの人と話してみたい。だから、次は雲の人の隣に居るあの人とお話させて?」


引き止められて、振り返ればうらやましそうに微笑んでいる。
今回の協力者として手伝ってもらっていたけれど、この子とあの子は少し似ているところがあると思っている。
だから協力を頼んだわけではないが。


「…そうだね、君ならあの子のそばに来てもいいよ。」


きっと傷つけることもないだろう。
少しでもよりどころを見つけられればあの子が帰ってくる居場所になる。

それでも、一番に帰ってくるところは僕のところだ。


「ありがとう。雲の人。」


今度こそ身をひるがえして彼女のもとへ行くために足を動かした。


20190607




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