ボンゴレの人たちは優しいから忘れていた。
私は所詮よそ者だって言うこと。

母さんとの面会は少しだけ。
もともとぼろが出るんじゃないかってそう思っていたんだけれど、だからこそ先に私の方から「メイク直してくるね」と離れた。
勿論、山本君は一緒じゃない。単独でだ。
いつまでも彼を引きずり回すわけにはいかないから。

でも一緒に来てもらえばよかったかなって後悔してももう遅い。


「お嬢さん。お一人ですか?」
『いえ、ごめんなさい。構わないでいただけますか?』


イタリア男というのは女性に対して軽い。
目の前の中年の男はどこの誰なのか頭に入っていない分この男がどういう類いの男かわからない、逆にきっと本当にどうでもいい男なんだと思うんだけど。


「そうおっしゃらず、もしよければこの後のダンスタイム一曲いかがでしょうか。」
『困ります。』
「おや、先約がいるのですか?」
『…そういうわけでは』
「ならよいではないですか!」


手がとられる。ぬるりとした手汗にぞっとした、跳ね飛ばさなかっただけ許してほしい。問題を起こしたくはない。けれど、生理的に無理だ。いやだ、怖い。


『(怖い…っ』


足が固まった。もつれかけてヒールが音をたてる。
よろめいたのに目の前の私の手をひく男は見向きもしない。そもそも、その足は、ダンスをする広間に向かっていない。


「美しいお嬢さん。とても楽しいことをしましょう?」


私の、見た目は高校生の日本人だ。こちらに顔だけ振り返った男の目はひどくよどんでいて、光がない。背筋がぞわりとするのに、声は出ない。どんどん体温だけが低くなっていく感覚がする。

誰か、助けて…っ


「おい!探したぞ!」


からだが後ろに引かれて、手が離れる。腰に腕が回って、目の前に高級そうなスーツの黒が広がった。


「ったく、具合悪くなってるなら動くなって言っただろ。」


日本語だ。
この場でまさか日本語で話されるとは思わなかった。ちらりと私を引いた腕を見れば、手の甲に見えるのはタトゥー。「ドン・キャバッローネ!?」と目の前の男のひきつった声。
その名称はよく聞いたことがある。嫌なほどに。


『ごめんなさい、だから、恭さんには黙っていてください。』


返した言葉も日本語だった。
私が返事をしたことにとんとんっと軽く肩が叩かれる。100%信用しているわけでも、信頼を向けるわけでもない。けれど、助けてもらうことはありがたいに越したことはない。


「そうだな、ミス・なつみ。あいつ、俺がお前にあったなんて知ったら大暴れするだろうしな。」


視線は向けないままにそういえば、さらりと、そういって、さらに私の体を抱き寄せる。今日のパーティはボンゴレ10代目沢田綱吉の生誕祭であり、彼の姿があるとはおもえないのに。
ばたばたと逃げていった男を尻目に、完全に気配がなくなってから、その距離をとるために彼の肩を押せば、それよりも早く彼の指が私の顎をすくう。
きれいな髪と同じ色の瞳が私をしっかりと写した。


「ツナから聞いてる。お前、ツナの妹の影武者なんだってな。」
『…えぇ、そうです。』
「それにしてもよくにてんな。とはいっても俺も一回しかあったことはねぇんだけどさ」


その指がするりと私の横毛を耳にかける。ピアスの代わりにとつけられた雪の結晶のイアリングに触れて、心底複雑そうに視線を下に落とす。
私は彼にあったことがあっただろうか。記憶にすらないのだが、きっとそれは仕方がないことなんだろう。
嫌なことを忘れてしまうのは人間によくあることだ。


「あいつは、かわいそうなやつだよ。裏社会にも表社会にもうまく居場所を見つけることができなくて、いつも独りで震えてた。」
『あなたはそれを私に言って何になるんです?』
「ん。まぁ、だよな。わりぃ、」


彼の言葉を遮った。その瞳が再び私を写して、心底寂しそうに細められる。
たしか彼の名前は


『ディーノ、さん。』
「…知ってたのか?」
『……影武者ですからそれぐらいは頭に入れてます。』


呼び捨てにしそうになって、いいなおした。
そうすれば心底驚いたように私をみたあとに、優しく頭を撫でられる。その目はひどく暖かく、どこか恭さんにもにていて、みていたくなくて視線をそらしてしまったが、そのままするりと手がとられた。


「ヒトのあるところに戻ろう、ミス・なつみ。ついでに俺と一曲踊ってくれるか?」
『…はい。』


190517




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