月明かりに照らされて、彼は縁側に立っていた。
ただっぴろい日本庭園を眺めながめながら、その切れ長の美しい瞳を細め、息を吐く。

一人になると思い出すのは突然消えた愛した少女の面影だった。
大学受験を控えた学生だったころ、いつからか囲い始めた小さな小動物に庇護ではない慈しみや愛しさを、そして独占欲を持ち始めたのは覚えている。
何度か家に招き、美しい髪をとかし、着飾って傍においた。

故に彼女に着せたものや、『今は家にいれなくて』と両手に荷物を抱えて逃げ込んできたときに置いていった私物すらあるのだからいただけない。


「なつみ…僕になにも言わずに君はどこに行ったんだい?」


彼女の兄が自分に向けてくる視線に嫉妬を孕んでいることには気がついていた。もともと群れることでしか居場所を見つけられない草食動物だとは思っていたがここまで愚かだとは思いもしなかった。というのが正しい。
彼は自分の大切なものを言葉で引き留めてきたにも関わらず、肉親である彼女にはそれと真逆のことをしてきたのだから目も当てられないだろう。

神隠しにあったかのように、ある日を境に連絡が途切れ…ついで、数日後に意気消沈した彼女の兄が語ったその現象と現状。愛用している武器すら使わず、告げた男を殴り飛ばしたが、そこまで思い詰めていたことに気がつけなかった己が憎らしかった。しかしもう、時間を戻すことはできない。

己の部下である草壁に撮らせた彼女との写真は乱雑に、けれど大切にしまってあるといったら彼女は笑うだろう。『恭さんが珍しい』と灰色の、光の加減によってはそのなかに紫を宿す、その瞳を嬉しそうに細めて。


「…キミも、僕も、臆病だったね。」


彼が身を翻せば池におよいでいる鯉が跳ねた。水面に映る月がゆらゆらと揺れてまるで自分の心を写しているようだ


不安定だった。
手を伸ばせばいいのにこれはほしいものだと囲ってしまえばよかったのに、籠の鳥にするには彼女の存在はもったいなさすぎた。



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