静かな森の中に二人はいた。
踊るときは高い位置で結い上げているその髪を低い位置で団子にして、前髪をピンで止める。通常より高いヒールをはくのはすべて「練習」のため。
「そう、上手。」
一定のテンポを刻みながら、足を動かす。
呼吸をあわせるようになるべく雲雀を見上げてなつみは笑む。それに雲雀も笑みを返して動きをあわせていった。早すぎてもいけない。遅すぎてもいけない。それはお互いが歩み寄るための早さ。
*** *** ***
二人で練習しているその場所からボンゴレ邸にもどる道筋でふと、雰囲気が違う。
少し浮わついたというか上がっているというか、そんなわずかなこと。
首をかしげるが「あぁ、来たんだね」と心底煩わしそうに恭さんが告げた。
『お客様ですか?』
「そ、沢田の婚約者候補みたいなやつ。」
婚約者候補。
と聞いて、思い出すのは二人の少女。一瞬にして足が止まる。
そして、すぐに前方。騒ぎのもとへ視線を向ければそこには思った通りの姿があって、完全に固まってしまった。
「ツッ君。久し振り。」
「ハル、ツナさんに会えるの一日千秋の思いで待ってました!」
その姿はよく覚えている。それは悪い意味で、だ。
二人はよく一緒につるんでいたということも知っているし、自分には届かないほど明るい存在だっということも知っている。
--なんでツナさんが怪我をしなきゃいけないんですか!!あなたなんかいなくなってしまえばいいのに!!
---いつまでもツナくん邪魔、しないで。
「フリージア?」
『え、あ、すいません。日本の方々なんですね、』
頭の中によぎったありし日の、残酷な記憶に視線が下向いてしまった。
「そうだね。ねぇ、フリージア。」
「あれ!雲雀さんじゃないですか!」
言葉が遮られた。
びくっと勝手に震えた体に、足が反対方向に走り出す。「フリージア!」と名前を呼ばれたけれど…会いたくない。
*** *** ***
走って、走って、走って。
勢い余って外に出てきてしまったらしい。
どくどくと鳴る心臓に早く呼吸を整えなくてはと、人気のないところに逃げ込んで息を。
レンガ造りの町は嫌いだ。すぐに影になって心に闇を落とす気がするから。
壁に寄りかかって、目を閉じて息を整える。落ち着いてきたところでなれないヒールのせいで靴連れを起こしていることに気が付いて痛みが走り、泣きたくなった。
『…このまま、帰ろうかな。』
ずるずると壁沿いにしゃがんでしまったらもう立ち上がれない気がした。立ち上がらなくてもいいんじゃないかと、心のなかで誰かが言う。思ったよりも、あの場所が居心地がいい。
これ以上いたら、自分が狂わされるんじゃないかと、そう思うほどに。
彼の手が暖かいのが、一番の要因だと、そう、わかっているのに、そばにいたい。
「こんなところにいたんだね。なつみチャン。」
『!白蘭様』
呼ばれたそれに、はっとして立ち上がってしまったのは反射、
激痛の走った足によろめけば、すぐにその人物は彼女の体を支えて「むちゃしすぎだよー」と笑っていた。路地裏の、人のよってこないその場所にたった二人きりだ。
…それでも、急に現れた彼に驚いてしまったのは、私の意識が甘かったから。
「あぁ、やっぱり君は雪のリングのホルダーだったんだね。」
同じ目線になった白蘭の視線の先には、なつみの首からかかるボンゴレのリング。
そのまま手で鎖をちぎれば、手をとって左の小指にそのリングをはまった。 恐ろしいほどに…ぴったりな。
『っなぜリングを』
今まで指輪何てしたことがなかった。他のリングとは違って、雪のリングが少し小さく作られていたからこそ、はまる指が小指しかなくて、だからつけていなかったのもあるのだが、
ボンゴレの秘宝。それをつけたいとは思わなかった。
「かわいそうな眠り姫。君のお兄さんは本当に冷たいね。」
『え?』
「あーぁ。やっぱり聞いてなかったんだね。かわいそうに。」
さらりと、白蘭の指が撫でた。
さらさらと重力にしたがっていきながら落ちるそれに、嫌な予感だけが積もっていく。
聞きたくない、聞きたくない。
それでも、自分は聞かなくては、いけない。
「雪の守護者はね。代々悲惨な最後を遂げるんだ。それこそ、君が眠り姫だったように。」
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