ーー我ながらに最低最悪な兄貴だったと思う。
もっとうまく立ち回れば、もっと違う考えを持てば、こんな未来になりはしなかった。


生まれてからずっと傍にいた片割れを酷く嫌っていた自覚はあるし、そうなるように回りに吹き込んだのも自分だった。
きっと思い上がっていた部分もあったんだろう。

中学のあの時から沢田綱吉の世界はがらりと変貌を遂げた。
小学校高学年にはもうあまり仲のいい双子とも言えなくなっていた自覚はしているがそれを加速させたのは、家庭教師だといって生活に割り込んできた一人の赤ん坊の存在。

突然お前はマフィアのボス候補だのなんだのと告げられて、痛いのも怖いのも嫌なのにどうして俺がと、なんで俺がと……それこそ、そんな思いをしない一般人の片割れを憎んだのだ。

片足を突っ込んだ自分の傍にいる彼女が一般人とも裏社会の一員にもなれない中途半端な位置付けで怯えていたことにも気がつかないで。


女の子だからか、母親は彼女を可愛がっていたし、父親が不在だったから親の愛がもっと欲しかったと、もとの根拠はそこなんだろうが、けれどやってはいけないことを理解できないほど幼い自分じゃなかったはずだ。


「お前、本当にめざわりだよな」


顔が会えば告げていた悪態ですら、『ごめんなさい。』と寂しそうに笑っていたのに気がつかないほど子供じゃなかった。
親友たちから浴びせられる罵倒に謝るだけの彼女を可哀想だとかそういう風に思ったりすることもなかった。さも、当たり前だと思った。それが間違いだと気がついたときにはもう彼女は中学から傍にいた信頼できる拠り所があって、それが何故自分じゃないかとイラついてエスカレートしたのが、一番の原因なんだろう。

なんでもそつなくこなしてしまう片割れが羨ましく妬ましく、嫉妬していた自覚は、あった。

だから、あの日。最後のナイフを突き立てた。


「死んでくれればいいのに」


吐き出した言葉。
心底驚いたように目を見開いて、瞳を揺らして。
生まれたときからずっと側にいた片割れの初めての表情をみた。それに、あぁ、言ってはいけないことだったとおもっても遅かった。


『そっか。そうよね。』


その日の夕焼けは酷く美しかったのを覚えている。
秋の日暮れは早い。
日の沈み始めた世界は、一番星が確認できるかできないかぐらいで輝き、橙と藍色のグラデーションのなかで、彼女の黒髪は闇に溶けるようだった。

一歩一歩と下がっていくその姿。
かしゃんっと背が落下防止用のフェンスにつけば、そこからはもうすべてがゆっくり見えた。

もともと老朽化が進んでいたのは知っていた。だがそれを彼女が知っているとは思わなかった。


『さよなら、お兄ちゃん。どうぞ、お幸せに』


世界がきしむ。
笑顔と同時に黒が視界から消えた。


片方だけネジが外れたフェンスに駆け寄ったときにはもう遅かった。
「眠るよう」に目を閉じて地面へ落ちていくその姿をとらえてしまった。
そのまま重力に逆らうこともなくどしゃりと音をたてて、4階から地面に叩きつけられら片割れは美しい黒髪を土に散らばらせ、だんだんと赤を広げていくのが見えて、すぅっと肝が冷える感覚に吐き気すらあった。

階段をかけおりて、その場所に向かった。



でも、そこには「なにも」なかった。
血のあとも、片割れの死体もなにも、なかった


体のいい幻覚か、願望か、
どちらにしろ気分のいいものじゃないそれを「悪夢」と位置付けることにして、早く目覚めろと何度も思った。


その悪夢はもう7年と醒めていない。
醒めるはずもない。なにせそれは現実で、自分は唯一の存在を言葉の刃で殺した。


最低の兄なのだから、許されるはずもない。
一生目覚めることのない悪夢に懺悔するより他にない。

こんなこと誰にも言えやしない。



201803




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