その男が、苦手だというのはあのころから変わらない。
あの人が帰ってきたかと思って、戸を開いてその先に現れたその男に悲鳴をあげてしまったのは、心理的な問題。
腕を捕まれてそのまま足払いされれば倒れてしまう。頭はぶつけることはなかったが、閉じてしまった扉と逆の手で押さえられた口に悲鳴を上げ損ねた。


「はじめまして、というべきですかね。ミス・フリージア。それともあなたは沢田なつみですか?」


 まっすぐ。酷くまっすぐに告げられた言葉に疑問符はついてない。
上から下まで、じっとなにかを観察するように見られて「幻覚かと思っていましたがそういうものの類いではなさそうですね」と勝手に納得されて、にっこりと笑みをこぼされる。


「痛いことはしません。 話をしたいので叫ばないでくれますか?」


その笑顔に、裏はない。ふわりとわずかに霧の炎が立ち込めるのを見て、叫ぶという選択肢が消え失せた。
死にたくはないのだから仕方がないのかもしれないが。彼がいない今、下手をできない。
ひとつうなずけば、「聞き分けのいい子は好きですよ」と口許の手が離される。片手をつかんだ手はそのままだから起き上がることはできない。


「改めて聞きます。あなたの名前は?」
『「私」はフリージアです。あなたたちのいうなつみという女の子に、そんなに私は似ているんですか』


嘘は言っていない。見つめ返して言えば、骸はふむ、と少し考えたようだ。


「似ています。おかしいぐらいにね。ちなみに僕の名前は六道骸といいます。」
『手を離してくれませんか』
「離したら逃げられてしまいそうなので、その前に」


会話が根本から噛み合っていないが、瞬間、動けなくなった。
赤と青のオッドアイから、目がそらせない。静かに目を見開けばにっと彼の口許が上がった。ぶわりと風が髪をさらった。目を開けていられなくなり、閉じて開けば、そこが今までいた場所と違う場所に変わっていることに気がつく。

ここはいったいどこか。という前に、何もかもがおかしいのだ。
世界が、場所が、自分の、姿が。
長くなった髪。少しだけ伸びた身長。「名」がよばれる。愛しげに呼ぶ声に振り返ってはいけないとわかっていた。これは、夢だ。


「なつみ」


耳元でした彼の声に酷く心臓が痛いほどに鼓動をうちならす。


「ごめんね。気がついてあげられなくて。」


それは、なにに対しての謝罪か。彼の前から突然消えたのは私。自分の非なのに。なぜ、なぜ、なぜ。


『離してください、あなたは』
「離したから君はいなくなってしまったんだろう?「また」僕をおいて。」


首だけで後ろをみれば、酷く寂しそうな瞳と目があった。黒曜石のような美しいのに強い瞳。まっすぐと、己を見下ろしているその姿に、ひゅっと細く音がなる。

どうしようもなかったのだ。あのときは、ただ、認めてもらうこともできず、どうしたらいいかもわからないままに、進むしかなくて、…本当は頼ってしまったらよかったのかもしれない。けれど、もうあとの祭りであり今はもうどうしようもない、過ぎてしまったのことなのだ。どうしたらよかった。なんて。もう


「なつみ?」
『呼ばないで。』
「え。」
『私は、フリージアよ。その子じゃない…っ』


過去にすがったところで、どうせ「私」は過去に取り残されたままの存在なのだ



*Side Gokudera

 骸の下敷きになっていたフリージアを救いだし、銃を向ければ「それ以上はなにもしませんよ」と両手をひらつかせた。
何があったか。この短時間でと思うが、先日山本から腕のなかにいる彼女が日本語を勉強したがっていると聞いて力になりたいと思ってきたらこの有り様だった。
相変わらず神出鬼没なこの男に腹がたつが、一体どうしたっていうんだ。


「フリージアという花の花言葉。特に紫色は「憧れ」という意味があるのご存じでしたか?」
「あ?んだといきなり」
「僕だって気になっていたんですよ、本当にその子がボンゴレの妹じゃないかって。夢の中でまで抵抗されてますけどね」


夢の中?と彼女が腕のなかで身じろぎをする。苦しげに表情を崩してぽろぽろと大粒の涙をこぼしていて、幻覚かと。


「半分嘘で、半分本当なんでしょうね。彼女に記憶があるかどうかはさておき、「フリージア」という少女と「なつみ」という少女はひとつであって別物ということでしょうから」


心底残念そうに骸が言って立ち上がる。
どんな夢を見せているのか気になるところではあったが、この状況はよくない。残念ながら俺に幻術やマインドコントロールに似たなにかをひもとく手段はない。


「……なつみさん。」


完全に骸が部屋を出て行ってから彼女の名を呼んだ。
反応することはないのだがそれでも呼んでしまうのはその「表情」が酷く十代目に似ているからだ。

9代目がリング争奪戦のときに彼に言った「いつも眉間にシワを寄せ祈るように拳を振るう心優しい少年」。腕のなかにいる少女は、例えるならば力ではなく、心を砕いた少女と言えるだろう。


「あなたはいつも、悲しい顔をしているんですね」


怖いのか、じっとりと脂汗をにじませる。
抱き上げていつも使っているであろうベットに寝かせれば、もぞりと動いてなにかに縋ろうとするから、枕を抱かせてやれば落ち着いた。


「血が怖いのに俺の手当てをしてくれたときも、あなたはそんな顔でした。」


高校一年の頃だった。
その当時はもう完全に孤立してしまっていて、側にいたのは雲雀ぐらい。

銃声が聞こえて夜道を走り、一般人かと思ってかばったのが彼女。
10代目の妹である彼女はトップシークレットだ。似ていない容姿もあいまって、狙われる可能性が酷く低いし、さりげなくリボーンさんが守っていたのも知っていた。下手に関わらないほうがいいと分かっていたから俺が、関わることはないと、そう思っていたのに。


『っどうして』


かばったのか。
そう彼女は続けたかったんだろう。実際、俺は彼女に何度も酷い言葉を浴びせてきた人間だから。
逃げ回っていたことが想像できる乱れた呼吸と髪。だれかを巻き込んでしまうんじゃないかという恐怖のにじんだ瞳。

それは、酷く10代目に似ていて、やはり血は繋がっているのだろうなと思った。


「あなたがいなくなると困るヒトがいますから」


自分にしては、優しい声だった。10代目に話すようなそんな声で、言葉遣いで彼女に言ったのにも自分自身驚いた。

そうだ、表の世界には、表の世界の彼女の世界がある。わざわざ裏の社会に足を突っ込むこともない。女だったらなおさらだ


「だからさっさと消えろ、もう二度と俺たちに関わんな」


その言葉の刺は、守りたいものを守るために


190109




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