*Side Hibari

赤ん坊から偵察を頼まれなければ、こんな場所に来たいと微塵も思わなかったし考えることもなかっただろう。

最近、定期的に開催されるようになったマフィア間の交流会。所詮、群れあい。騙しあいのオンパレード。
そのなかでなにか怪しい動きでもあれば調べろとのことだったが、考えることはそんなのしたっぱにやらせておけばいい、ということと、正直めんどくさい。

だから下の偵察は霧の子にまかせて、二階の全体を見渡せる、人のよってこない場所にさっさといった。その方が僕の視野的にも好都合だと思った。
…だから。


「え?」


庭園から黒が入ってきたと思ったらその人物に釘つけになってしまったのだ。
黒い髪に、黒いドレス。…いや、細かく言えば黒から光と風のたなびきによって紫色に変わるドレスを見たとき、もう目が話せなくなってしまっていた。
手に持っていた空のワイングラスをテーブルに置き去りにして、階段を降りていいく。
僕の姿を見た客たちが避けていくのを見ながら好都合だと進んでいった。

まっすぐ、まっすぐ。
その場所へと向かえば、まるでこの世界から切り離されたような少女がいた。

長い髪は編み込みと共に結い上げられて透明な百合の花が咲き誇っている。手にはワイングラスを、けれどその目は静かに閉じられていて、まるで眠っているようにさえ感じられた。
あぁ、けれど


「ねぇ、君」


声をかけた。日本語で。彼女ならわかるはずだと。
反応してこちらを見る少女は瞳の色以外そのままだった。
そう、言葉の通り。僕の記憶に残る高校2年生。突然僕の目の前から姿を消した当時の、大人でも子供でもないその中間に位置する、少女の姿。そのまま。


『Japanese?』


なのに君から帰ってくる言葉は日本語じゃなかった。続けて日本語で問いかけてみたけれど困ったように笑顔を作るようになってしまって、この子には日本語が通じないと理解する。

そのとたん、心が沈んでいくように感じるのはこんなにも近い存在なのに、と勝手に思い込んだからだ。そう、僕の勝手な思い込み。彼女にはなんの罪もない。
今の僕の姿と、彼女の姿を見たら他の連中がなんていうか。

でも、それでも構わないと思えるのは、膝をついて少女に手を差し出した。要約すると、ダンスの誘いをした。
数度まばたきをする時差はあったのだが、彼女は笑って僕の手に細い指を重ねた。
はぐれないようにしっかりと、でも傷つけないような力加減で手を握って、踊るスペースまで歩いていく。きっと、彼女のドレスは風に揺れて僕の色が揺れているんだろう。そう思うと、嬉しくてたまらない。


ダンススペースまでたどり着けば、彼女のドレスの形を見てか、曲がワルツへと変わった。
とたん、彼女は美しく僕にたいして礼をする。そしてまっすぐに開かれた瞳は夜の宝石に間違いはない。差し出された手をとってそのままホールド。
あの頃から身長差はあったが7年という月日は僕たちをより離したように感じる。
この子は、あの子じゃないのに。押し付けてはいけないとわかっているのに。
ナチュラルスピンから、ウィーブフロム。はじめて併せるにしてはひどく息があう。ライトランジやウィングをいれてもついてきた。
…が、彼女は考え事をしていたらしい。不自然に傾いた重心。小さく声が上がったが、僕としては好都合。その勢いのままに彼女の足を抱き上げて、回転をする。
そうすれば、裾の広がった美しいドレスは紫色を広げた。突然のことに防衛本能だろう体を寄せてきた彼女からはふわりと花の香り。

驚いた?と聞けば重いでしょ、と彼女は困ったように笑う。正直、ドレスの重さがあっても軽いくらいだと思ったけれど、そっけなく返して床に滑らせるように下ろせば、そう長くないうちに曲が終わった。


彼女の白い手が、僕から離れて再び始まりと同じように美しい礼をする。
顔をあげて『Grazia』と僕に礼をいった彼女が身を翻した。

--また明日、恭弥さん。

その姿があまりにも、最期にあった姿と重なって息が止まった。
知らぬ間に手を伸ばして、気がついたらその小さな体を後ろから抱き込んで腕のなかに納めている自分がいる。


「Ehi, dimmi come ti chiami」
ーーーねぇ、名前を教えてよ。


力を込めて、逃がさないように、どうか僕の望む「名」を告げてほしいと願いながら----


『Io sono Friesia. Mi dispiace Inoltre』
ー私はフリージア。 ごめんなさい。またいずれ


するりとその姿は溶けるように僕の腕からすり抜けて、また困ったように笑っていた。
それからついっと彼女が僕の胸を指差せばそこに咲いていたのは真っ白な彼女の髪に咲いていた美しいガラスの花だった。



190106




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